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 放課後になり、生徒たちは部活動や茶会にと各々自由に過ごす時間帯に、ニコラは一人、剣呑な面持ちで廊下を闊歩していた。


 チェス盤を抱えた男子生徒や連れ立って歩く女子生徒数名がすれ違いざまにニコラを二度見するも、ニコラは一切気にすることなく足早に歩く。

 目的地は生徒会室。面倒ごとは早く終わらせるに限るのだ。




 昨日ニコラにしがみついて、たっぷり三時間ほど熟睡したジークハルトは「今日のお詫びもかねて、渡したい物があるから明日の放課後は生徒会室に来て欲しいな」と別れ際に告げた。

 そして「すっぽかしたら寮まで迎えに行くからね」と、無駄に綺羅綺羅しい顔で念押しまでされてしまったのだ。


 さすが十年来の付き合いともなれば、思考が読まれていると、ニコラは思いっきり舌打ちをする。

 だが、衆人の目を集めてやまない『銀の君』が、冴えない子爵令嬢を女子寮にまで迎えに来るなど厄介事の火種にしかならないのだから、残念ながら自主的に出頭する他に道はない。



 マホガニーの重厚な扉を前に、コンコンコンコンとノックする。

 これはこちらの世界に来て初めて知ったことだが、日本人がやりがちな二回のドアノックは、西洋ではトイレノックにあたるため、失礼とされるらしいのだ。


「ニコラ・フォン・ウェーバーです。失礼します」


 無駄に拳に力が入ったのも、やや険のある声音になったのも知ったことではないと雑に扉を押し開けてから、ニコラは後悔した。

 ジークハルトしか居ないと思っていたのに、他にも人影があったからだ。

 ジークハルトの隣には、その銀髪と対照的な、金色の髪の青年が立っていた。


 そして、一目見てこれが『金の君』なのだろうと予想がついてしまい、ニコラは今朝の自分の台詞を思い出して、軽はずみにフラグを立てるのではなかったと猛省する。

 ジークハルトの隣で霞まない人間などかなり稀少なのだ。分からないわけがなかった。



「ようこそニコラ。そしてこちら、アロイス殿下だよ」


 うげっと引き攣りかける表情筋を、気合いで抑え込む。


「僕はアロイス・フォン・クライスト=ダウストリア。初めまして、ニコラ嬢。公式の場じゃないし、堅苦しいのは無しにしよう!」


 人懐っこそうな笑顔で、アロイスは右手を差し出した。

 だが相手は仮にもこの国の第一王子だ。言葉通りに受け取っていいものか迷ってジークハルトを見上げれば、目を細めて頷かれたため、ニコラは手を取って再度形だけ名乗る。


「見てよ、ジークに殿下なんて久しぶりに呼ばれて、鳥肌立っちゃった」

「奇遇だね、私も背筋がぞわぞわしたよ」


 ケラケラと笑うアロイスに、肩を竦めるジークハルト。どうやら噂通り、本当に気の置けない関係らしい。


「さぁ、ニコラもこっちにおいで。庭にアフタヌーンのセットを用意させたんだ」


 ニコラはジークハルトに手を取られて、無様にたたらを踏む羽目になる。


「ちょ、私は受け取るものを受け取ったらさっさと帰り、」


 渡したいものがあると言うから来たのだ、長丁場になるとは聞いていない。

 高貴な身分の第一王子も、こんな貧相な小娘と同じ空間には居たくあるまいとアロイスを見遣れば、ニコラの思いとは裏腹に、鬱陶しいまでに爽やかな笑顔を向けられる。


「まぁまぁそう言わずに! 僕、ずーっと君と話してみたかったんだよね。ジーク最愛のニコラ嬢にさ!」


 なんだその語弊と波乱を呼びそうな称号はと、ニコラはくわっと目を剥く。


 背後に回ったアロイスにぐいぐいと背中を押され、前からはジークハルトに手を引かれて、ニコラは今度こそひくりと頬が引きつった。






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