創国記

炯斗

001

大海は穏やかに陽に揺めき山々は静かに佇む。そんな雄大な自然の中、人間というものは酷く騒がしくせせこましい。今日も今日とて戦に精を出し陣地取りに勤しんでいる。

領土拡大。各地で起こっているそれは一種の流行なのだろう。今やこの世は何処へ行っても人間がいる。いや、人類未踏の地もあるにはあるのだが、それは今は些末事だ。とにかく、彼らは世界を人間だけで分け支配しようとしている。それはなんとも面白くない。

寛容であれ、とわたしは言う。けれども、やはり私はそうはなれない。

ほらまた1尾喧しく、わたしを往く子の名を持つ人間が──


スラッとした石の剣の、鋭く研がれた刃が鎧の間隙に沈み込む。次の瞬間には赤く軌跡を描き別の個体へ。一閃。また一閃。あっという間の出来事。数分掛からず、戦意持つ者はその場から居なくなった。

「──なんだ、魚はいないのか」

戦意を喪失し蹲る人々の中、青年…いや、少年は一人、剣を振って水気を切った。

「リト、この群は外れだ」

いつから居たのか、木陰から同じ年頃の少年が現れる。よく見れば二人の少年は殆ど同じ顔をしている。

「殺さなかったのか。じゃあ話を聞こうか。これだけ居るんだ、雑な聞き方をしてもいいだろ」

「……そういうのは、任せる…」

「はいはい。じゃあユタ、玄冥に報告してきて。あと誰か手伝いも寄越して」

「わかった」

フワッと少年の足が地面から離れたかと思うと、背から目に見えるほどのエネルギーを噴出して空へ舞った。空から方角を定めると再び勢いよくエネルギーを噴出してあっという間に視界から消える。その背から噴出されるエネルギーを翼のようだと誰かが言い出し、有翼種と呼ばれるようになるのはまだもう少し先の話。今はただ、彼らは「魚」と呼ばれている。

1尾の小魚が去って、戦意喪失していた人々も望みを抱き出す。残るは見るからに文官風の小魚1尾。皆で掛かれば──

「おっと」

自分を囲み立ち上がり始めた人々の中央でリトは両手を上げる。まるで降参のポーズだが、その手をそっと「落ち着け」とでも言うように下げると、

「!?」

重力が何倍にもなったかのような圧を受け、皆再び地に伏せた。

「ナメられるのは好きじゃない。こうなっても対処できないようなら、君らを縛りもせず一人残ったりしないよ」

呻き声の合唱を聞きながら話を聞く相手を探して視線を巡らす。

「皆暫くはムリそうかな。ごめんね?これでも僕、グランツのNo.2なんだ」



「玄冥!」

拠点としている町まで迅速に飛翔し、ユタは自らの上官へ駆け寄った。

「ユタ。蝶々魚は見付かったか?」

スラリとした背の高い青年はユタの呼び掛けにすぐに反応した。

「それはまだ。フェイクの群を見付けたので、今リトが尋問…、尋問、中です。応援を」

ユタの報告に少し苦い顔をするも、

「解った。数人手配する」

と、早速側にいた者に手短に指示を下した。

「リトはそういうの、好きだな…」

「本人は有効な手段ゆえ、と言いますが。恐らく」

グランツと名乗るこの群は、今や北西の海岸沿いを広域支配する一大勢力である。北に戦狂い、南に戦神。名高い魚が率いる群れに挟まれ、南東からは新興勢力が拡大してきている。東には竜翼の魚が潜むとも噂されている。そんな条件の中、魚の中では比較的凡庸と自負しているこの群れのリーダーは毎日ギリギリで生き残っていると強く感じていた。少しでもバランスが崩れたら転落する。その恐怖と戦いながら、そうならないために、今は南東勢力の牽制に尽力している。

「魚が率いる群れを見付けたら即開戦だ。あの小賢しい蝶々魚、刺身にしてやる」

ユタは無意識に少しだけ目を伏せた。玄冥というのはグランツのリーダーが継いできた名だ。彼の本名ではない。「リーダー」と同義で、役職名、称号の類いだ。この名を継いだ頃からか、彼は以前よりも好戦的になった。というより、好戦的に見せるようになった。戦略的なものもあるのかも知れない。戦闘力だけが売りのユタにはよく解らないが、以前の彼の方が好ましかったと思うことも少なくない。

ユタは敢えて、彼本来の名で呼び掛けた。

「…ザフキ。カマヤの調子は如何でしたか?」

「……今日は良くないみたいだ。会えなかった」

「そうでしたか」

なるほど。好戦的な理由のひとつに「機嫌の悪さ」もあるらしい。

カマヤとはザフキが最愛と呼んで憚らない幼馴染みの名だ。生まれつき身体が弱く、殆どの時間をベッドで過ごしている。一度体調を崩すと、ザフキでも中々会わせて貰えない。すると心配が高じてザフキの機嫌が悪くなる。見栄や体裁よりは理解しやすい理由だ。

「今はいつも通りグイドが看てくれてる。…なんでアイツは良くて私はダメなんだ」

小さく洩らされた不満にユタは口を噤む。

(そりゃ、貴方は負担になるからでしょうよ)

とは、流石に口に出来なかった。

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