第05話 周りを不幸にする存在
「ハァ……。せっかく、王族との関係を築くことが出来たと思ったのに! 今まで、どれだけの資金と労力を費やしてきたのか、お前は分かっているのか?」
「申し訳、ありません……」
「謝って済む問題ではない。婚約を破棄されて、それが全て無駄になったのだぞ!」
お父様は顔を真っ赤にして、どれだけ大変だったのかを熱弁する。
私には、どうすることも出来ない。立ったまま顔を伏せて身体を縮こませながら、お父様の怒りが落ち着くのを待つ。
「やはりお前は、世間で噂されている通り周りを不幸にする存在のようだな!」
「……」
「お前が私達に不運を振りまくせいで、ラフォン家は凋落の一途を辿ることになるんだぞッ!」
不運なのは、私が原因じゃない! そう訴えてやりたい。だけど、周りには不運の原因だと認識されてしまっている。レナルド王子やお父様も、不運を確信していた。私には、その思い込みを否定する方法がない。
今まで、悪いことが起きるのも運が悪いのは全て私のせい、と言われ続けてきた。
運なんて、不確かな存在だ。それが私のせいである、という因果関係は何も無い。問題が起きた時、ただ近くに居合わせただけ。
それで今まで、全ての責任を押し付けられてきた。
冗談じゃない!! なんで、私の責任なのよ!?
「不愉快だ……。たった今から、お前はラフォン家を名乗ることを禁止する。そして今すぐ、この家から出ていくのだ!」
「本気ですか?」
「もちろん! レナルド王子の婚約者じゃなくなったお前という存在は、なんの価値もない! むしろ、ラフォン家に不運をもたらす害悪だッ!」
「……」
婚約破棄だけでなく、ラフォン家からも追い出されるとこになってしまった。
「カトリーヌ! 貴女は、なんてことを……!」
「お母様……」
執務室から出た瞬間、廊下にお母様が待ち構えていた。彼女は、私と顔を合わせた瞬間に怒りの表情を浮かべた。そして、バッと手を振り上げる。その手が、勢いよく振り下ろされた。
「ぁうっ!?」
「お嬢様!?」
パシンッ、という鋭く乾いた音が廊下に響き渡った。私は、右の頬を叩かれて声を漏らしてしまう。近くに控えていたメイドが悲鳴のような声を上げた。
容赦のないビンタ。頬がジンジンと熱い。
「貴女、って子はッ!」
「……ッ!」
お母様の怒りは収まらず、再び手が上がる。更に勢いを増して振り下ろされると、またビンタ。
「おやめください、ジョアンナ様ッ!」
「くっ、手を離しなさい!」
メイドの1人が止めてくれた。彼女の背後に回り、腕を振り下ろせないようにして拘束する。だが、お母様の怒りは収まらず暴れる。
「ッ! このッ! 離しなさい!」
「申し訳ございません。ですが、落ち着いて下さいジョアンナ様!」
「……クッ!」
離せと命じられたメイドは、それでもお母様を拘束したまま。落ち着いたのを見てから解放する。
解放された母親は、腕を下ろした。私の顔をビンタするのは止めたらしい。
「フンッ! せっかく、旦那様が苦労して用意してくれた殿下との婚約を、破棄するなんて。本当にバカな娘ね!」
「……申し訳ありません」
落ち着きを取り戻した母親から、そんな風に叱られる。私から婚約を破棄してくれと言ったわけじゃない。勝手に、そうなってしまっただけなのに。
自分に否はないと分かっていながらも、頭を下げて謝る。頬を叩かれないようにと助けてくれたメイドの女性が横に立って、一緒に頭を下げた。
本当に今日は謝ってばかり。これが一番、穏便に終わらせることが出来る方法だと知っているから、仕方ない。こうするしか。
「貴女のせいで、私の評価も下がってしまったのよ。本当に不愉快だわ!」
「……」
「旦那様は当然、貴女が屋敷から出ていくように言ったわよね」
「……はい。先程、出ていくように言われました」
「なら、さっさと出ていきなさいな!」
「ッ!」
「貴女の顔なんて、もう二度と見たくはないわね」
「……」
お母様は私に向けて吐き捨てるように言うと、もう興味がないという感じで去っていった。
「あら、お姉様!」
「……マティルド」
今度は、妹のマティルドと出会ってしまう。嫌なタイミングだった。普段は家族の関係や興味など薄いのに、なぜ今日はこんなにも遭遇してしまうのか。
「レナルド様との婚約を破棄された、と聞こえたのですが。本当ですか?」
「……えぇ」
「あらあら! それは、残念ね」
彼女は嬉しそうに、そう言った。
「しかも、屋敷から出ていくのですね!」
「そうね」
「それなら、今後はお姉様の不運に私が悩まされることも無くなるのね!?」
「……」
私に聞かれても、そんなの分からない。不運なんて、私のせいじゃないのに。気力を失った私は、それを言うのも面倒で、黙り込んだ。
そんな私の姿を見て、マティルドはますます嬉しそう。
「では、さようなら。もう二度と、出会わないことを祈っておりますわ」
満足したのか、別れを告げて彼女も去っていった。
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