うさぎのためなら死ねる。
桃本もも
うさぎのためなら死ねる
うさぎのためなら死ねる。
とはいえ、「うさぎのために死ぬ」というシチュエーションが思いつかない。
うさぎを人質に取られ、「お前が死ぬか、こいつが死ぬか、選べ」なんて言う犯人はいない。絶対いない。うさぎが死んで得する人間なんていない。
瀕死のうさぎのために臓器を提供……もできるわけがない。わたしの心臓を移植したら、うさぎの体内は心臓に占拠されてしまう。
可能性があるとしたら……、道路の真ん中に佇むうさぎに迫り来るトラック、身を呈して飛び込むわたし。これなら最低限のリアリティはあるだろう。いや、これだって十分ファンタジーだけど。
うさぎのためなら死ねるのに、そのチャンスも与えられないなんてあんまりだ。ひどい世の中だ。
うさぎのために死ぬ。
これを現実的に言い換えればこうなるか。
うさぎのせいで死んでも納得できる。
うん、これだ。納得できる。納得、なんて受け身的な表現ではものたりない。
うさぎのせいで死ぬ、望むところだ。
わたしはわりとアレルギーを持っている。
杉、ダニ、イネ科、蛾、動物表皮、ハウスダスト、カビ。数年前の血液検査で軽微の反応が出たものだ。
どれも分かりやすく症状が出るほどではないが、アレルギーはコップの水がある日急に溢れ出るように表れるものだという。もしかしたら、明日にでも鼻水やくしゃみが止まらなくなるかもしれない。
心配なのが、イネ科と動物表皮。
うさぎの主食、チモシーはイネ科の植物だ。
決まった時間に与えるカリカリ(ドッグフードみたいな粒状の乾燥フード)とは違って、チモシーはいつでも食べられるようにケージの中に入れておかなければならない。
草食動物は常に草を食べて、消化器官を動かしていないといけない動物だからだ。
だから、わたしの部屋はいつも牧草のかおりが充満している。アレルギーが発現したら自室にいられなくなるかもしれない。
そして動物表皮アレルギーは、動物の毛やふけ、ふん尿が原因になる。うさ吸い(うさぎの体臭を嗅ぐこと)を嗜むので、毛やふけはかなり吸いこんでいると思われる。
そして、うさぎのトイレはもちろん水洗なわけがないから、こちらもチモシーと同じく常に部屋に存在する。
こうして見ると、わたしは常時、アレルゲンと共に生きていることが分かる。コップに水を注ぎ続けているようなものだ。
それが溢れたとき、わたしは死ぬのかもしれない。
いや、さすがにチモシーやうさぎで即死することはないか。ハムスターに噛まれてアナフィラキシーショックが起こると聞いたことはあるが、うさ吸い中の飼い主が起こした、とは耳にしたことがない。
即死できないとしても、真綿で首を絞められるよう、という表現がぴったりな状況になるだろう。
幸せなうさぎとの時間が、くしゃみと鼻水まみれになる。うさぎを吸いつづけるために薬を飲まなければならない。さらに悪化したら、うさぎとの暮らしを諦めるよう医者から言われるかもしれないと思うと……。
うさ吸い中に即死の方がマシだ。いや、そっちの方が望ましい。
わたしにとって、うさぎと暮らせないことはつまり、死ぬことと同義だ。
もしチモシーのせいだったとしても……まあ仕方ない。チモシーもうさぎの一部。うさぎはチモシーでできている。
うさぎのために死ねないのなら「死因・うさぎ」を目指して生きていこう。
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