第11話 運命

 なんてことだ。僕はあまりの事実に呆然とした。

 どうして今まで忘れていたのだろう。揚げパン博士は実は僕と密接な親交があったということに。

 僕は小学生のころ、揚げパン博士の揚げパン工場で働いていたのだった。そして法外な収入を得たりもしていたのだ。確かに、記憶の中の揚げパン博士と、さっきテレビで見かけた揚げパン博士の姿は、全く一致していた。

 でも、やはり僕はその思い出を思い出したくはなかったのだった。何重にも蓋をして閉じ込めていたかったのだった。それは、やっぱり、『あの人』のことがあるから。

 成瀬神奈なるせかんな。ああ、名前も思い出してしまった。ずっと意識的に忘れるようにしていたのに。

 神奈の顔が、声が、なんでもない仕草の一つ一つが、今見ているかのように思い出されてくる。きゅっと胸が締め付けられる。

 僕は中学受験をして、村から遠い私立の中学に入った。それからは村には戻らなかった。文字通り一回も帰省しなかった。

 本当は帰ってきたかった。でも、神奈の場所には帰りたくなかったのだった。神奈と過ごした場所の情景は、僕の中に変わらずに保存しておきたかった。今まで忘れようとしていたというのに。

 拓巳と彩とはときどき連絡を取ってはいた。二人は僕の気持ちを理解していて、優しく僕に村の近況を教えてくれた。二人はつい最近までは揚げパン博士の工場を手伝っていると言っていた。

 二人は大丈夫だろうか。揚げパン博士があんな風になってしまったのだ。もしかすると、二人も揚げパンの一味になって、人間界を侵略する指揮を取っているかもしれない。揚げパン博士の怒りを買って、殺されたり監禁されたりしているかもしれない。心配でしょうがない。

 ところで、そんなことを僕が考えている間にも、揚げパンたちはいろいろな話をしていた。もちろん僕はその内容を聞いていられなかったのだが。


「ふう、そろそろ移動するぞ。しかしこの捕虜も連れて行かないといけないな。お前、向こうに車を置いていただろう。ちょっと取ってきてくれ。俺はその間に、向こうの家で何か食べ物を調達してくる」


 揚げパンのうちの一人がそう言って、揚げパンたちはそれぞれ別の方向に離れていった。といっても、僕にここから逃げる手段があるわけではない。

 はあ、これから拷問とかされるのか。痛そうだなあ……と、僕がぼんやり考えていたときだった。穴の上から、聞き慣れた声がした。


「係長、理科野です。助けに来ました。この棒につかまってください!」


 僕が目を疑ったことに、穴の上から理科野の顔が覗いていた。理科野は揚げパンたちが穴の近くを離れた一瞬を狙って、僕を助けに来てくれたのだろう。僕は慌てて棒をよじ登り、穴の上に出ると、揚げパンたちがなるべくいなさそうな方向へと走り出した。

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