第4話 神奈の告白
その翌日。僕は神奈の家の前に立っていた。
別に何かいかがわしいことをしようとしていたわけじゃない。神奈が学校を休んでいるから、プリントやら宿題やらを届けに来ていただけだ。転校して来たての神奈の家を知っているクラスメイトが僕だけだったということだ。
神奈と僕は家が隣同士だった。とはいえこんな田舎だから、その距離が100メートルはある。歩いて1分くらいだ。
インターホンを押して神奈に中に入れてもらうと、神奈は僕を自室に案内した。神奈はかなり顔が赤かった。熱が高かったのだろう。
神奈はふらふらとベッドに座ると、僕にその日の学校の様子を聞いた。僕は巧巳や彩たちとの一日がどんなに面白かったかについて神奈に説明した。
数十分後。僕は神奈との会話が一段落したのを見計らって帰ろうとした。だが、神奈はそこで僕を引き留めたのだった。
「水樹くん、どうしても話しておきたいことがあるの」
そう言われては帰れない。
☆
「私はもうすぐ死ぬの」
そう神奈は言った。まるでそれがなんでもないことであるような口ぶりだった。たとえば『私はもうすぐ誕生日なの』と言うときの口調に似ていた。
「見ればわかるかもしれないけど、だんだん体が弱くなってるんだ。今回は普通に回復すると思うけど、お医者さんが言うには、長くは持たないんだって」
僕は何も言えなかった。最初は神奈が何を言っているのかが理解できなかった。理解してしまうと、さらに何も言えなかった。
神奈は本当になんでもないかのように、自分がこれから死ぬことについて話していた。でも、普通に考えて、なんでもないわけがないのだ。神奈は実は死にたくないと思っているだろうということを、僕はすぐにわかってしまった。
僕がもし優しい人なら、ここで神奈をどうにかして元気づけないといけなかった。でも、僕はその言葉を思いつけなかった。僕はあまりに、そういう場面の経験がなかった。
だから、僕はただ神奈をまっすぐに見続けた。見れば見るほど、神奈が今にも死にそうな病人に見えてきた。その前日までの神奈は、健康そうな小学生に見えていた。でも、この日の神奈は、どう見ても健康そうには見えなかった。
僕は昨日のことを思い出した。神奈が坂道で僕らについていけなかったことを。それは神奈が都会者だからではなかったのだ。僕はうかつだった。僕はそのときに気付いているべきだった、と僕は瞬間的に思った。本当は気付けるわけがないのだけれど。もし気付ける人がいたとしたら、その人は恐ろしく悲観的な人だ。
僕はそのことについて神奈に謝ろうかと思ったけど、僕は口を開くことができなかった。なんだか神奈はそれも全部含めて受け入れ終わっているかのようだった。僕がその話をもう一度持ち出せば、逆に神奈が傷ついてしまうような気がした。
結局、僕はやっとこれだけ言った。
「そんなの……聞いてないよ」
神奈は笑った。まるで僕がそう聞くのを待っていたかのように、本当に楽しそうに笑った。
「わかってる。だって、今言ったんだから」
僕は少し怒りを感じた。僕はそんな禅問答をしたいわけじゃなかった。
「それで……僕は、どうすればいいんだ」
僕はやはり抱えきれなかった。目の前の人が、しかも同い年の女の子がこれから死ぬ予定であるというのは、僕が一人で持つには重すぎた。
「誰にも言わないで」
神奈は穏やかな顔になった。僕はそれまで見たことがなかったけど、そのときの神奈の表情を、僕は悟りを開いたお坊さんみたいだと思った。
「これを知ってるのは、水樹だけでいい。私が死んだら、私は急にどこかに転校していったことにして。――この話は、もう親と先生にも通してあるから。本当は水樹にも言わないはずのことなんだけど」
そして、神奈はもう一度笑った。でもそれはほんの少しだけ不自然な笑いだった。
「やっぱり私は、誰にも気付かれずに逝きたくないんだ。だから、水樹だけは私を覚えていてほしい。いつも覚えていなくていいから。うん、私の誕生日と命日に思い出してくれるくらいでいいから」
そう神奈は言ったけれど、そのときの僕はまだ神奈の誕生日すら知らなかった。
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