第2話 揚げパン博士あらわる
そんなわけで、翌日の土曜日。僕たちは『揚げパン博士』に会うため、隣町に向かっていた。
「ほらほらどうした、遅いぞ!」
と僕たちを煽りながら、彩が全速力で坂を登っていく。
「まったくあいつ、マウンテンバイクを買ってもらったからっていい気になりやがって……俺がママチャリじゃなきゃ、余裕で勝てるのに」
「まあいいじゃないか。マウンテンバイクは中学生になってからだ。お小遣いを貯めて、うんと高いのを買ってやろうぜ」
とは言いながらも、僕たちはママチャリで確実に坂を登っていく。
「しかし……なんであっちのマウンテンバイクは、あんなに遅いんだ?」
そう拓巳が首をかしげる。神奈のマウンテンバイクは、彩のよりもさらに高いモデルだったのだが、さて、神奈は一向にやって来ない。
「もしかすると、転んだか事故に遭ったかしたのかもしれない。僕はちょっと戻って様子を見てくる。拓巳は先に行ってくれ」
「おうよ!」
拓巳がスピードを上げるのを見送って、僕は自転車を反転させる。やはり拓巳は僕との坂道競走にどうしても勝ちたかったのだろう、と拓巳の跳ねるような自転車さばきを見ながら僕は考える。僕は勝負に負けたのではなく、勝負を降りただけなのだが。
少し下っていくと、神奈はすぐに見つかった。ヘアピンカーブのところで、息も絶え絶えに座り込んでいる。
「おーい、大丈夫か?」
「………………」
声を出す元気もないらしく、神奈はただ首を横に振る。
「ま、とりあえず水でも飲め。……あれ?」
神奈の水筒は空になっている。てか、なんでこんな夏に500mlの水筒なんだ。そりゃあ切れるわ。
「ということで、転校してきてからまだ一週間の神奈さん」
「何?」
「都会者め、都会者め、都会者め」
「……なんで三回言ったの?」
「彩と拓巳の分だ。これであいつらからはもう言われない」
「絶対関係ないと思う」
とはいえ、彩にマウントを取っても、彩の体調が回復するわけではない。
「とりあえず僕の予備のペットボトルを渡しとくけど……峠のコンビニに着いたら、改めて飲み物を買うぞ」
僕は腕時計を見る。もう11時近い。今ごろはもう隣町に入っている予定だったのだが。これではコンビニで昼ご飯も買うことになりそうだ。
そのとき坂の下から、どこか間の抜けた声が聞こえてきた。
「揚げパン〜〜揚げパン博士の、おいしい揚げパン〜〜」
「揚げパン博士!」
神奈がいきなり立ち上がった。さっきまでの元気のなさはどこに行ったのだろう。
キャンピングカーのようなものが、カーブを曲がってゆっくりと現れた。『揚げパン博士』と車の正面に手書きしてある。なかなかの達筆だ。
「おっ、君たち、焼きたての揚げパンはいらんかね?」
車の中から、揚げパン博士が身を乗り出して話しかけてきた。あろうことか『揚げパンlove』と書かれた鉢巻きをしている。
「はいはいはい、二つください」
僕は揚げパン博士から揚げパンを一個100円で買い(安いのか?)神奈に渡そうとした。だが、神奈が見当たらない。あたりを見回すと、なんともう揚げパンカーの助手席にちょこんと座っている。
「あれ? これはいったい……?」
「実はかくかくしかじかで……」
いぶかしんでいる揚げパン博士に、ここまでのいきさつを説明する。
「揚げパンが心を持つ……面白そうじゃないか。実は僕もちょうどそのことを考えていたところだったんだ。君たちは若いし、僕の新しい助手になれるかもしれないね。ぜひ僕の揚げパン工場に案内しよう」
なんと、揚げパン博士は僕たちの考えに理解を示してくれたようだ。僕も揚げパンカーに乗せてもらえるらしい。
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