揚げパン戦争

六野みさお

第1話 ある村に、揚げパンというものありて

 僕が通っていた小学校では、一月に一回くらいの頻度で『揚げパン戦争』が行われていた。

 揚げパン。給食の花形ともいえる、パンを揚げてきな粉を振りかけただけの食品だ。これがとにかく甘い。僕をはじめとする子どもたちは、甘いものが大好きだった。

 給食として僕らの前に揚げパンが現れるとき、それは大きなボウルの中に入っている。僕らはそれを自分の皿に移して食べる。

 ところで、ここに重要な事実がある。つまり、僕らが揚げパンを自分の皿に移したあとも、ボウルの中にきな粉の一部が残っている。甘い甘いきな粉が。

 今思えば意地汚いことこの上ないが、当時の僕らはそのきな粉を無駄にするべきではないと思っていた。僕らは「いただきます」の挨拶をするかしないかのうちに席から飛び出し、きな粉の入ったボウルの前に集まって、あらかじめ各自に配布されているスプーンを駆使し、残りのきな粉を取り合った。

 誰が呼び始めたのかわからないけれど、僕らはそれを『揚げパン戦争』と呼んだ。


⭐︎


「おい水輝みずき、今日のニュース見たか?」


 その、いわゆる『揚げパン戦争』の最中である。クラスメイトの笠井拓巳かさいたくみが、ボウルの中のきな粉をすくい取りながら、僕に話しかけた。


「もちろん。『新人工知能プロジェクト』の話だろ?」

「そうそう。すごいよな、物が心を持つなんて」


 『新人工知能プロジェクト』とは、最近この国を騒がせている研究のことだ。その内容は、人工知能の小型化。この革新によって、どんな機械も人工知能、つまり疑似の心が持てるようになるのだという。


「で、水輝は何に心を持ってほしい?」


 そして、このプロジェクトが国中を騒がせている原因は、『モデル機械』の選抜にある。実験台として、まず一種類の機械に新しい小型人工知能が装備されるのだ。その一種類は、純粋な国民の投票で決まる。しかも、普通の選挙とは違って、小学生も投票できるのだ。


「私は揚げパンがいいなあ……」


 拓巳の皿からきな粉を自分の皿にこっそりと移しながら、桐島彩きりしまあやが言った。


「何を言ってるんだよ。揚げパンは機械じゃないから対象外だろ」

「あっ……そうだった。じゃあ、揚げパンを機械にすればいいじゃん」

「機械にしたら食えないだろ」

「それもそっか」

「……揚げパン博士」


 僕の左隣で小さな声がした。声の主を成瀬神奈なるせかんなという。


「え? 何て言った?」

「揚げパン博士。揚げパンのスペシャリスト」


 なんだそのふざけた名前は。


「揚げパン博士の登録者数は100万人」

「有名じゃん」


 俺のきな粉を取った取らないと口論している拓巳と彩を横目に、俺はひたすらボウルの中のきな粉を取っていく。


「会いに行く」

「え? まさか、揚げパン博士に会いに行くのか?」

「うん。揚げパン博士に会って、揚げパンに心を込めてもらうの」


 神奈はほとんどきな粉が増えていない皿を置いて、わざわざ両手で握り拳を作った。


「そんなに簡単に揚げパン博士に会えるかよ。ていうか、そんな有名人、どうせ都会の大学に住んでるだろ。遠すぎる、会いに行けるわけないよ」


 神奈がぐっと一歩前に出た。


「大丈夫、隣町!」


 めちゃくちゃ近かった。


「よし! 明日の遊びは、『揚げパン博士に会いに行こう!』だ!」


 拓巳がそう言って、ちらりと彩と目を合わせると、そそくさと自分の席に戻っていった。

 ーー俺が自分の皿を見ると、きな粉はほとんどなくなっていた。

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