愛は国境を超えて

「たっくん、ありがとう」


 千穂はたすくに向かって頭を下げた。


「でもどうやってこんな凄い映像撮ったの?」


「僕は編集を頼まれただけだよ。お礼ならアイキ様に言わなきゃ」


「え?」


「アイキ様がアマテラス様に頼んで水鏡を貸してもらったんだ。かなり粘ってくれたんだよ」


 横から叡智あきらが口を挟んだ。アイキノミコトは照れ臭そうにモジモジしている。


「水鏡……」


高天原たかまがはらに居ながら、中つ国のどこでも、いつの時代でも見られる道具じゃ。テレビ電話の話を聞いての、それならば高天原にもあるし、なんならどんな場面でも見られるし、是非とも千穂に母の仕事ぶりを見せてやりたいと思っての」


「アイキ様……」


「門外不出だっていうアマテラス様を説き伏せて、期間限定対象限定のレプリカ版ってことでようやく許してもらったんだ。パソコンの画面にそれを被せて、さっきの映像を取り込んで、援に編集してもらったというわけさ」


「その代わり、中つ国で叶える願いの数がとおほど増えたがな」


 アイキノミコトはいかにも可笑しそうにファッファッと笑った。その首に千穂が飛びつき、勢いで椅子が三十センチほど後ろにずれた。


「アイキ様、ありがとっ!」


 突然のことにアイキノミコトは目を白黒させている。千穂は椅子から飛び退くと「みんな大好きっ、ありがとー!」と叫びながら二階に駆け上がって行った。叡智はその頬に涙が伝っているのを見逃さなかった。


「叡智よ」


「はい」


「千穂は良い子じゃな」


「はい」


 その時、叡智のスマホが鳴り出した。画面に紗和の顔が映る。背後は先程まで見ていた壁画だ。その壁画の中の聖母マリアが叡智にウインクをした。見間違いかと目を擦る叡智に構わず紗和が叫ぶ。


「叡智くん、聞いて! ビッグニュースよ! 今ボスに言われたんだけど、仕事の期限が突然三月末に伸びてね、クリスマス休暇を取れることになったの! 日本に帰れるのよ!」


「ええっ!」


 叡智が叫ぶのと同時に、スマホから光の粒が飛び出して店の中をクルクルと回り始めた。呆然と見守る一堂を尻目に、光の粒はひとしきり飛び回ると天井に吸い込まれるように消えた。そしてその場所に何やら模様が現れた。近づいて見上げた援が驚いた様子で声を上げる。


「あれは……花菱!」


「花菱とな? 姉上の神紋の花菱か!」


「これって、スタンプひとつ貰えたってことじゃないですか?」


「スタンプ?」


「アイキ様がひとつ願いを叶えたという印ですよ」


「まことか? 姉上がワシの働きを認めてくださったというのか? ひゃっほ〜い!」


 アイキノミコトは滂沱ぼうだの涙を撒き散らしながらへんてこな舞を舞った。多分、最上級の喜びの表現なのだろう。店の中に笑い声が溢れる。


「ちょっと〜、叡智くん、聞いてるのー?」


 すっかり忘れられた紗和の後ろの壁画でも、聖母マリアが楽しげにダンスしていた。

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やらかし神様、人間界で修行する いとうみこと @Ito-Mikoto

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