卒業式の小林君


 高校の卒業式の後に、ちょっとしたイベントがあった。

 教室から校門までの玉転がし。私の通ってた高校の伝統行事。なぜだかわからないけど、いつも大抵盛り上がる。その最後に挨拶があって、マイクを握ったのが小林君。


「いやぁー転がしましたねー。誰がこんなに転がると思いますか?思えば、僕ら3年が始めてやった共同作業じゃないでしょうか? で、これね、あの大きなボールをワイワイ言いながらみんなで転がして行きましたけど、後から見てもらえればわかると思うんですけど、ボールは今、校門の前にあるんですよ。まあゴールですよね。で、僕らが回しながら何をしてたかというと、3階の方からずっと転がして行ってね、校門まで。学生時代を振り返るような感じでね。色々あったなーと思いながらみんな転がしてたと思うんですよ。誰々君に悪口言われた。何々ちゃんが唾はいた。誰々君のおならが臭いとか。いい思い出はないんかい!ってね」


「確かに色々ありました。それを思い浮かべながらゴールへと向かって行くんですね。でもね、校門に着いたからと行ってそこがゴールじゃないんですよ。校門を出たら外には何がありますか?そう、それ、ソレなんですよ。これから僕らは外の世界、社会に出ていくという訳なんです。僕らはゴールしたんじゃなく、スタートラインに立ったという事なんです。いいですかみなさん? もう誰もボールを押すの手伝ってくれません。階段で詰まった時、吉田君、岸田君が横から押してくれました。下では足立さん、森さんが支えてくれました。もうそんな人いません。いないんです。気の合う仲間はいないんです。自分でやるしかないんです。外に出たら坂道もあるし、大きな石も転がってて、道は狭いしで、もうてんやわんやです。けどね、それでも進まなきゃならないんです。生きていかなきゃならないんです。でも、どうしても1人だと出来ない。どうしてもダメだと。そういう時が来ると思うんです。そうなった時どうするか?助けてくれる仲間はいません。でもね、近くに誰かはいるんです。普段は話もしない人かもしれない。けどね「どうした?手ぇ貸そうか?」って言ってくれる人がいるんです。社会に出て、社会で生きてる人達に助けられるんです。なぜ助けて来れるのか?それはね、その人達も助けられて来たからなんです。困った時に助けてもらう。そうすると誰かを助ける事が出来る。それを繰り返す。繋いでいく。そういう人間になっていかないとダメだという事なんです。そういう想いがあのボールには詰まっているんです。なんでこんな玉転がしごときで高校生がわーきゃー言って盛り上がるのか? そこにドラマがあるからなんです。見えない、気づかない所で助け助けられてのドラマがあるからなんです。そこに人として生きる意味があるんです。『なんで玉転がし? つまんねー』って、言ってたそこの君。バチ当たりますよ」


「でね、みんなももう気づいてるでしょうが、何でアイツ関西弁口調なの?と。お前バリバリの関東人だろうと。僕ね、中学の時に二ヶ月くらい大阪に住んでた事がありまして、すっかり染まってしまって。そうです照れ隠しです。なのでご了承下さい。あと、みんなコレ終わったらボールを元あった場所に返しに行きましょう。僕らはもうみんな大人なので片付けくらいちゃんとしましょうね。という事でみなさん!ご清聴頂き誠にありがとうございました!」



 めちゃめちゃウケた。最高だった。終わった後、みんなでキャーって言って小林君を囲んだ。私も嬉しくなって、その輪に加わった。

 小林君は確かに少し変わってて、おかしな人だという事は知っていた。でも特別目立つ存在じゃなかった。でも小林君のマイクパフォーマンスはとても独特で面白かった。


 その日のヒーローは間違いなく小林君で、彼もとても嬉しそうに笑っていた。

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