転生家庭教師のやり直し授業◆目指せ!教え子断罪回避◆

ナユタ

◆始まり◆

*プロローグ*

 ――カチ、

 ――カチカチ、

 ――カチカチ、カチッ……。


◆◆◆


 外側から窓を塞がれた部屋の中は夏の夕方だというのに暗く、唯一灯りと呼べるものは頼りない蝋燭の火だけ。


「《先生、わたくし……死にたくない》」


 その言葉を聞いたとき、私は導く立場の者として疑いようのない失敗を突き付けられる。何とか面会を許されたものの、これから数日後には――。


 目の前で震えて泣く教え子を抱きしめ「《大丈夫よ》」と、形ばかりの慰めを口にした。勿論嘘だ。第一王子の新しい婚約者を殺害しようと企てた咎で捕らえられ、軟禁された屋敷の自室で処刑を待つ今は気休めにもならない。


 ――どうしてこんなことに。


 教え子である彼女に非がないとは言わない。けれど、こんなことになるような状況に追い込んだのは、間違いなく本来の婚約者であった彼女を裏切った第一王子だ。それが十歳の頃から勉強を見続けた私の教え子にだけ咎があるだなんて――。


 華々しい侯爵家に生まれながら、引っ込み思案な性格から落ち零れ令嬢と軽んじられ、それを見返すために人一倍厳しい私の授業に耐えた教え子が……あんな愚かな男のせいで処刑される?


 そんな馬鹿なことがあっていいはずがない。絶対に間違っている。何もかも。こんなことは悪い夢だ。


 間違っている間違っている間違っている間違っている間違っている間違っている間違っている間違っている間違っている間違っている間違っている、全部。


「《……逃げましょう、アウローラ様》」


 思わず口をついて出た言葉に、腕の中で震えていた彼女が一瞬泣くのを止めて、すぐに「《ありがとう、先生》」と笑った。


 自信を持ち堂々と振る舞えるようになったこの数年では、すっかり見なくなった微笑み方が胸に痛い。叶わない何かを諦めるとき、この子はいつも“ありがとう”と笑う。


 王妃教育のために城に上がることになり私の手許を離れるまで、彼女のこの癖だけは直せなかった。


「《その言葉はまだ口にしてはなりません。外に私が領地で雇っている傭兵達を待たせてあります。脱出に成功したら、いくらでもお聞かせ下さいませ》」


 しかしそのとき外が俄に騒がしくなり、剣戟を交わす音と不穏な悲鳴が――……、


◆◆◆


「あ、あー……嘘、ここまでやらせといて、またバッドエンドルート? 第一王子が馬鹿って設定に偽りがあるだろ。ここで待ち伏せさせてるとかとんだ有能だよ。このゲーム難しすぎる……何回私は教え子を死なせなきゃならないんだ……」


 友人からもらった同人ゲームのバッドエンド画面を見つめながら、私はパソコンのマウスを手離して髪を掻きむしる。ゲームのパッケージデザインの可愛さと、世界観の内容がぼかし気味で騙された。


 やり込みが好きな私は最近、この【お嬢様の家庭教師ガヴァネス~綻ぶ蕾のその色は~】という、タイトルセンスがやや古いゲームにはまっている。


 理由は簡単で、シナリオがなかなか意地悪く捻ってあるのだ。ちなみに乙女ゲームではない。ジャンル的には一昔前に流行っていた育成ゲームの亜種だと思う。タイトル通り主人公はゲームに登場するお嬢様の家庭教師となり、落ちこぼれな彼女を攻略対象……というか、婚約者候補のお眼鏡に叶う淑女に育て上げるのだ。


 勿論ライバルキャラのご令嬢も出てくる。これがとっても手強い。いつもライバルキャラらしくこちらが足りないパラメーターを持っているので、本当に手強いったらない。


 おまけにお嬢様の婚約者候補となるパッケージにほとんど情報がなくて、誰がどのパラメーターを上げれば食いついてくるのかは、やってみなければ分からないという鬼仕様。


 今のところずっと第一王子のルートに入っては【悪役令嬢】として断罪されていて、脳筋系な見た目と発言の割に毎回先回りされて教え子が殺されてしまう。これはライバルキャラのご令嬢が知恵を貸しているからだ。足りない部分を補い合う敵から逃げ切ることの難しさが半端ではない。


 それ故にスマホでサクッと遊べるゲームに鞍替えして久しい友人は、このゲームを誕生日プレゼントと称して私に寄越した。最初は不用品を押し付けてきたと思ったけれど、今となっては感謝している。


 このゲームの主人公は子爵令嬢で、城に出仕している父の代わりに領地で領主代行を務めている設定だ。領地を馬で見回り、教会や孤児院を慰問しては子供達に勉強を教えて識字率を上げ、領地の管理能力と学力を買われて侯爵家から家庭教師の依頼が舞い込む――……というのがゲーム序盤。


 ただしこのゲームは隠しパラメーターが数多く存在しており、領地経営を真面目にしなければ主人公の家庭教師デビューはどんどん遅れる。一番最初のプレイでは何と三十八歳での家庭教師デビューだった。


 当然この時点だともうすでに教え子の侯爵令嬢の性格は確定していて、素直にこちらの教えを聞き入れてくれないため、バッドエンド一直線。今でも軽くトラウマな苦々しい初戦だった。


「だけど悔しい……面白いからまた始めからやっちゃう……」


 再びマウスを手にパソコン画面のカーソルを動かし、右斜め上にある【始めから】の文字をクリックした。育成ゲームのくせに飾り気のない読み込みバーが画面の中心でジリジリと動く。毎度のことながら読み込み遅いのが玉に瑕。


「オープニングだけ見たら……明日塾で使う資料を確認し直す、ぞ……」


 このゲームにはまったもう一つの理由は、自分の仕事とかぶっていたからというのもある。基本的に何かを教えることが好きなのだ。


 けれど最近の塾講師の仕事量は半端じゃない。世の中教職員の過労死が取りざたされるが、不景気で個人の家庭教師枠から弾き出された塾講師だってなかなかだ。離職率もそこそこ高い。


 このところ離職した同僚の開けた穴埋めの連勤に次ぐ連勤で、ここ数日頭痛が止まらない。


 今日もやっととれた貴重な休日を病院で潰すのが嫌で、市販薬を飲んで誤魔化しているけど、さっきから段々痛みが増してきてる気がする。こんなことなら病院には行かないまでも、一日ゲームなんてしてないで大人しく寝ていた方がよかったのかも――……。

 

 そんな今更すぎる後悔をしていたら急に視界が暗くなってきて、テレビの電源が落ちるようにプツンと音を立てて意識が飛んだ。

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