第2話 薄利多売も悪くない。

 一攫千金は諦めたけど、生きていくためには働かないといけない。

 だったら逆にコツコツと、薄利多売で頑張ればいいのでは。

 薄利多売を狙うなら、人の多い王都が有利だろう。ちょうど冒険者ギルドに登録するために王都に出てきてたし。

 そう考えた俺がここでスキルを活かして始めた商売は『穴塞ぎ屋』だ。

 商売を始めた当初はもちろん大変だった。でも冒険者ほどの危険がないのがいい。

 コツコツと働いた結果、十年経った今では店も順調に大きくなった。


「ディル、ちょっと野郎どもが喧嘩してドアに穴が開いちまったんだが」

「どのくらいの大きさ?」

「腕が突き抜けちまうくらいだ」

「そのくらいなら、今からでもいいよ。すぐ行くわ」


 バケツの中にスライムを入れて、俺は男について行った。

 男は宿屋の主人で、得意客だ。荒くれ者の冒険者たちが泊まってるからか、しょっちゅうこうして壁やドアに穴を開ける。

 毎度毎度壊すなら、いっそ穴あきのままにしておけばいいのにと思わなくもない。

 だけど見た目が荒れた宿屋は、客の質が落ちる。修理は必要だ。大穴が開いた場所をちゃんと修理しようと思えばそれなりに金とか時間がかかる。ドアなんて取り替えになるかもしれん。

 だが俺だったらほんの数分で直すことができるのだ。しかも安価に。


 今日の穴は客室の木のドアの真ん中だった。

 まったく……。

 確かにそんなに厚い木じゃないが、ケンカでドアをぶち抜くとか、どんだけ冒険者って乱暴なんだよ。

 ほんと、さっさとそんな業界からおさらばしてよかったわ。

 あきれつつも俺はバケツからスライムを取り出した。

 見た目には透明なゆるゆるのゼリーだが、実はこいつらはまだ生きてる。


 スライムはちょっと町の外を歩き回ればいくらでも見つかる害虫のようなもんだ。草木でも動物でも石でもなんでも、物を溶かして吸収する。けれど一匹一匹は弱くて踏みつぶすだけで簡単に殺せるから魔物のうちにも入らない。

 俺のスキルはその弱っちいスライムを固くすることができるんだ。

 元々スライムは危険を感じると仮死状態になって、物に擬態することができる。その能力を俺のスキルで強化してやる感じ。


 まずバケツの中からひとすくいのスライムを取り出して穴の中に突っ込んだ。それを少しだけ硬化して、パテのようにドアの穴を綺麗に塞ぐ。そのあとドアの木の色に合わせて擬態させる。きれいにドアに擬態したら、さらに硬化する。


 スキルを覚えたての頃はただやみくもに硬化させるだけだったけど、この仕事をし始めてもう結構長いからね。十年ひたすら穴を塞いでいるうちに、俺の技も磨かれてきた。

 今では硬化の程度は自由に調整できる。特別に注文されなければ、だいたい周りの素材と同じくらいの硬さに合わせることにしてる。なぜならそのほうが見た目もばっちり馴染むのさ。

 これぞ職人気質ってやつだ。


「おおー、相変わらず見事だな。どこが穴だかちっともわかんねえ」

「プロだからな」

「お代はいつも通り銀貨二枚でいいか」

「いいよ。まいど」

「修理に出したらこの十倍以上は軽くかかるだろうに」

「まあ、一時的な補修だからな。いつも言ってるけど、俺が死んだらスキルの効果が切れるんで、それだけは気を付けて」

「当分死ぬ予定はねえんだろ」

「そりゃそう」

「死ぬときはあらかじめ教えてくれよ。そん時はまとめて高い修理するしかねえなあ」

「俺が死ぬよりこのボロ宿屋がつぶれるほうが早いんじゃねえの」

「なんだとぉ」

「あははー」


 一時凌ぎの応急処置みたいなもんだ。ドア自体がボロボロになれば新しいドアに取り換えるだろうし、それまで使えればいい。

 そんなわけで、俺は小さな穴をコツコツ塞ぎながら、結構楽しくこの街で暮らしてた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る