第47話 雪の葛藤
「信長さん、追わなくていいんですか?」
「よい」
急にどうしたんだろう次郎さん。用事があるって言っていたけどこの城下町を見てから明らかに動揺している様子だった。
「この模型がなにか問題だったのかな?」
「なにゆえそう思う?」
「だっておかしいじゃないですか。このエリアに来るまでは次郎さんもすごく楽しんでたのに、この城下町の模型を見てから逃げるように走っていきましたよ」
「そうじゃな」
「そうじゃなって……。信長さん、もしかして何か心当たりでもあるんですか?」
「苦い記憶じゃ。儂にとっても次郎にとっても」
苦い記憶?待って、信長さんって戦国時代から来たのよね?二人にとって苦い記憶って……それは小学生のときの記憶ってこと?
「儂は……いや、多田野信長は過去に一度だけ次郎と喧嘩したことがある」
「え?」
「というより多田野が一方的に次郎に怒った。誕生日会の日にな」
「誕生日会……。もしかして、信長さんの?」
「うむ」
「でも、今も次郎さんと仲がいいってことはもちろん仲直りはしたんですよね?」
「いや、しておらぬ」
「え、どういうことですか?」
「あやつはあの日の出来事があってから学校には来なくなった。そして別れの挨拶もなく別の学校へと移りおった」
「そういえば、次郎さん転校したって言ってましたね」
「次郎と再会したのは高校生のとき。たまたま二人共同じ高校に通うこととなった。本当に偶然じゃ。あの時は本当に嬉しかったのを覚えている。じゃが、久しぶりに再会した次郎の様子はどうも変であった」
「変?」
「覚えておらぬのじゃ。誕生日会であった出来事や自分が十兵衛であったことも」
覚えていない……。次郎さんが言っていた通りだ。
「じゃから仲直りも何も、覚えておらぬ相手に何かを言ったところで仕方あるまい」
「それは……そうかもしれませんけど」
今日の信長さんはいつもと少し雰囲気が違う。多田野とは言っているものの、まるで自分が体験したかのように次郎さんとの思い出を語っている。今のあなたは織田信長なの?それとも……
私達はいつの間にか博物館の出口に辿り着き、初めてのデートはなんとも言えないもやもやした気持ちのまま幕を下ろした。
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時刻はまだ午後3時。まさかこんなに早く解散するなんて。でも、この後どうします?とは言う気になれなかった。
信長さんのお母さんに会ったのはもちろん緊張した。それでも彼の人となりが少しわかったような気がして嬉しかった。ただ、今日の信長さんを見て少し戸惑っているのも事実。あの城下町の模型を見てからの次郎さんの反応、そしてその様子を特に驚くこともなかった信長さん。なんか……別人のようだった。あんなに悲しそうな目をしていた信長さんを初めて見たから?それとも私の知らない過去の話を聞かされたから?
違う。
私は……ずっと見て見ぬ振りをし続けてきた。
本当の意味で信長さんのことを全く理解できていない。確かに全部を理解する必要はないと思う。私が付き合うことにしたのも少しずつお互いの理解を深めたいと思ったから。そう思えたのは彼のおかげ。告白?された日の信長さんの言葉は今でも胸に残っている。でも、今日の彼の悲しい目を見た時、私はこれ以上聞いてはいけないと直感で感じた。
誰にでも言いたくないことはある。私だってそう。ただ、信長さんのことを理解したいと思えば思うほど、なんだか彼との距離が遠くなっていくみたい。本物か偽物かなんて人には測りようがない。そんなこと頭では理解してる。でも、今の信長さんが多田野信長さんなのか、それとも織田信長さんなのか……。どうしても知りたい。そもそも、私はどっちの信長さんのことを好きになったんだろう。彼のことを信長さんとは呼んでいるものの、多田野さんや織田さんだなんて一度も呼んだことない。じゃあ、私にとっての信長さんって一体……。
……。
ふぅー。駄目だな私って。こうなったらもう聞いてみるしかない。
本人に?いや、聞いたとしてもおそらく儂は儂としか答えてくれないだろう。でも、私は彼のことをもっと知りたい。今の信長さんが転生してきた人なのか、それとも多田野さんが戦国武将ごっこの延長でずっと織田信長を演じているだけなのか。どちらにしても、私自身が納得できればそれでいい。
信長さんの誕生日。この日に二人にとって重要な何かがあった。そしてそれはきっと普通の喧嘩ではない。信長さんにとっては忘れることができない、そして、次郎さんにとっては忘れ去るを得ない重要な何かが。
二人には聞けない。だったらあの人に直接会って聞いてみるしかない。スマホを取り出し、すぐに奈々ちゃんにメールをした。
『奈々ちゃん、お休みの日にごめんなさい。一つお願いしたいことがあるんだけど。光安さんの連絡先を教えてもらえないかな?』
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