第43話 次郎と十兵衛
「ノブママ……今までのが全部演技だったってことですか?」
「そうよー当たり前じゃない次郎ちゃん」
「当たり前って……もうびっくりさせないでくださいよ」
「あら、びっくりさせちゃった?ごめんなさいね〜。ゆきちゃんもごめんね。改めて、いつもノブくんがお世話になってます」
「あ、いえいえお世話だなんてとんででもない。それよりも急にお邪魔しちゃってすみません」
「い〜え〜違うのよゆきちゃん。私が二人に会いたいってノブくんにお願いしてたのよ。次郎ちゃんはよく家に来てくれてるみたいだけど、ほら、私が仕事に行ってるときにあなた来るじゃない?だからてっきり私に内緒でノブくんと遊んでるのかと思ったわ」
「何言ってるんすかノブママ。そんなわけないでしょ」
「やぁ〜だ〜冗談に決まってるでしょ。相変わらず冗談が通じない子ね」
この方が信長さんのお母さんか。すごく明るくて素敵な人だな。緊張してたけどお母さんのおかげで場が少し和んだ気がする。
「それよりも次郎ちゃん、懐かしかったでしょ?」
「え、何がっすか?」
「何がって、あなた忘れちゃったの?小学生の時はいつもみんなさっきの口調で喋ってたじゃない」
「え?あーそういうことか!懐かしいな。そっか、ノブママもよく俺たちに付き合ってくれてましたよね」
「そうよ〜ノブくんが嬉しそうにしてるときって大体織田信長になりきっているときだったでしょう?次郎ちゃんもヒデくんも最初はノブくんの真似から始まったけど、だんだんみんなそれっぽくなってきたじゃない?それにノブくんから母上って呼ばれてからは、あ、私も織田信長の母になりきらなきゃと思って喋り方を一生懸命練習したのよ。次郎ちゃんのことやヒデくんのこともちゃんと十兵衛、藤吉郎って私呼んでたでしょ?」
「えーそうでしたっけ?すみません昔のこと過ぎて全然覚えていませんでした」
お母さんと次郎さんの会話には入れないけど、でも信長さんの小学生の頃の話を聞けて少し感動。そうだったんだ。じゃあ信長さんは昔から織田信長の真似をやっていたのね。ってことは……今の信長さんはやっぱりただ織田信長を演じているだけなのかな。
「あのノブママ、ちょっと聞きたいんですけど……さっきから俺が十兵衛だったって言ってますよね?それって……本当ですか?」
「あら、何言ってるのよ次郎ちゃん。あんなに楽しそうに光秀になりきってたじゃない。いくら昔の話とはいえ覚えてないなんてことはないんじゃないの?」
どうしたんだろう、なんか次郎さんの様子が少しおかしいような。
「いや……もちろん信長やヒデが戦国武将ごっこをしてたのは覚えてますよ!俺も一緒に遊んでたから。でも確かミッチーが光秀役をやってたんじゃなかったかな。俺は……あれ。俺は……誰をやってたんだっけ」
「あの……次郎さん?顔色がよくないですけど大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫大丈夫。ちょっと昔のことだから少し混乱してるだけですよ」
「ミッチーも懐かしいわね。彼も元気にしてるのかしら。でも私はミッチーはまだ許していないのよ。彼はノブくんと次郎ちゃんを深く傷つけたでしょう?」
信長さんと次郎さんを傷つけた?
「傷ついた……俺と信長がですか?ノブママ、一体今なんの話をして……」
「なんの話って……次郎ちゃん。あなた本当に覚えてないの?だってあなた、ミッチーが原因で……」
「母上」
「あ、信長さん」
御手洗いに行っていた信長さんがリビングに帰ってきた。
「それ以上は話す必要はありませぬ」
「……で、あるか。だ、そうじゃ。十兵衛よ」
「えええ」
「えええ」
お母さんの切り替えの早さはすごいけど、それよりも私は話の続きを聞きたかった。
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「お邪魔しました」
「お邪魔しました」
「は〜い。またいつでも遊びに来てね。ゆきちゃん、ノブくんの事よろしくね。次郎ちゃんもたまには私がいるときに遊びに来なさいよね」
「……母上」
「あ……。お、おほん。二人共、ご苦労であった。気をつけて帰路につくがよい。して信長よ。そちはこの後どうするつもりじゃ?」
「儂はこれからでぇとの続きをしてまいりまする。なので飯はいりませぬ」
「相わかった」
私達三人はお母さんに別れを告げ、多田野家の自宅を後にした。次の目的地は相変わらずわからないけど、信長さんは後ろなど気にすることなくスタスタと歩き始めている。
少し気になるのは次郎さんの様子。さっきのお母さんの話を聞いてから何か一人で考え込んでいるように見える。
「あの……次郎さん。大丈夫ですよ、私だって小学生の頃の記憶なんて殆ど覚えていませんし」
「そう……ですかね。そりゃあ全部は覚えていないとは思いますけど。でも、戦国武将ごっこは俺にとって小学生の頃の一番の思い出なんです。信長がうちの小学校に転校してきたときから何かが変わりそうな予感がしてました。あいつはとにかくなんかすごかった。しっかりと自分を持っていたし、いじめもなくなった。リーダー的な存在でした。そんな彼に俺はすごく憧れていたんです」
「そうなんですね」
「……はい。俺が思い出せないのは戦国武将ごっこの中身です。俺が光秀?それが本当なら忘れたりしますかね?それに、仮に別の役を演じたとしてもそれを全く覚えていないなんて……そんなことってあるのかな」
「んー……」
記憶というのは曖昧なものだ。私だって楽しかった思い出や辛かった思い出はたくさんあるけど、その状況などを細かく思い出せるかと言われれば少し不安になる。きっと次郎さんも何の役を演じていたかについてはそこまで重要な記憶として残っていないんじゃないかな。
「こんな事言うのもなんですけど、そんなに気にされなくて大丈夫だと思いますよ。昔の記憶を完璧に覚えている人なんてほとんどいないでしょうし」
「でも俺。小学校四年生に上がる前に実は転校してるんですよ」
「え?」
「その時の記憶も曖昧で……。ちゃんと信長やヒデ、ミッチー達にお別れを言ったのか。それすらも覚えていないんです」
小学校の頃に転校?そんな大きいイベントの内容を忘れることってあり得るのかな。信長さんのお母さんが言っていた。信長さんと次郎さん、二人は深く傷つけられたって。一体二人に何があったっていうの。
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