第8話 性善説

「お主も次郎と同じくしつこいのう」


「いいから教えろよ信長。なんで慰謝料を受け取っただけの俺が後悔するかもしれないんだ?」


 こいつ、さっきまで信長に圧倒されて勢いがなくなってたくせに。いい気なもんだ。


「お主はどこまで阿呆なのだ?答えは儂が言わずとも出ておるだろう」


「このやろう。いいから教えろよコラ。そのためにわざわざお前らをつけてきたんだからよ」


 いつの間にか隣のテーブル席にいたはずのおじさんが俺の隣に座っている。


「まあよい。余興の続きじゃ。お主も食え」


 遠慮することなく俺たちが頼んだ肉をこのおじさんは食い出した。まあ、食べ放題だからいいか。


「まず、うぬにとって儂は苛立ちを発散するためのきっかけにすぎなかった。おそらくお主のその面、体格、威圧的な態度。今までも同じように鬱憤うっぷんを晴らすために何かと理由をつけて時には人に、時にはものに当たっていたんじゃろう」


「お前に威圧的な態度なんて言われたかねえな」


「お主はこの鬱憤を晴らす、つまり発散を目的に賭け事をしているに過ぎん。賭け事に勝とうが負けようが、お主にとってはどうでもいいこと。発散することはお主にとって善きことであり、満たされることでもある」


「お前、心理学者か何かかよ。」


「だまれっ!!!!!」


「っ………!!」


 ………。


一瞬で店内が静まり返った。さすがにこのおじさんも今の信長の恫喝で一回り身体が小さくなったように見える。


「儂は機嫌がいいと言ったな。だから余興の延長で今も話している。じゃが、儂が話す度に貴様は浅はかな言葉で何度も何度も茶を濁しよる。よいか、儂が物を申しているときは儂の目をみろ。耳の穴を開けろ。終わるまで口をつぐめ。よいなっ!!!」


「は…はい」


 信長の鬼気迫る表情と迫力にさすがのおじさんも怖気づいたみたいだ。


「さて、どこまで話したか」


 カルアミルクを啜る。


「そうじゃ、うぬにとって発散は善い選択をしているということ。本来であれば儂を威圧し謝らせ、非があることを認めさせた上でさらに儂には関係のない文句を垂れる。こうすることでお主はある程度満足するつもりじゃった」


「………。」


 おじさんは信長に言われたとおり口を噤んでいる。


「が、発散して得るはずだった満足以上の物を儂から受け取ってしまった。それが金じゃ。お主にとっては理解不能であったろう。だからこうしてわざわざ焼肉屋についてきた」


「まあ……はい」


「理由が知りたい。せめて自分が納得できるほどの理由を。迷惑料や慰謝料だったら受け取ってもいいか。いや、それにしてはもらいすぎている。これは本当に受け取ってもいい金なのだろうか。自問自答したんじゃろうな」


「………。」


「人はのう。誰しも善き心というのを持ち合わせておる。が、それは等しいものではない。中には物を奪う者。人を傷つける者。そして人を殺める者さえおる。それらは全て悪事であるが、当の本人はそれを理解した上で、自分たちにとって善き選択を行っているに過ぎん。仮に、この悪事に手を染めた者たちの目の前に今にも井戸に落ちそうな赤子がいたとしよう。おそらく皆、この赤子に手を伸ばすはずじゃ。お主はどうか?」


「ま、まあ。そりゃあ、助けるわな」


「お主の中にも必ず善き心がある。本当は誰かの役に立ちたいのであろう。が、何をしていいかわからず理解されない。本当は善きことをしたいのにできない不安と恐怖。それを紛らわせるために周囲を威圧し怒り、発散する。この世に怒り、そして自分に怒り、乾いておる。だから金はくれてやった」


「乾いている……」


 気のせいだろうか。おじさんの目が涙ぐんでいるように見える


「そうじゃ。お主は発散という自分にとっての善き行いをし、それで満足できる。そして、満足以上のものを受け取れない欲なき者でもある。が、乾きは潤わない。乾きを潤すのは苛立ちを発散させることや金ではない。そう気づいたからお主は儂に返しに来たのじゃろう?」


「………。」


「え?どういうことですか信長様」


「簡単な話よ。この大男は身体はでかいが小心者じゃ。儂が謝った途端に勢いづいてやかましかったこととは関係のない文句も垂れおった。こやつは相手の反応を見て怒りを演出しているに過ぎん。最初から金が目的ではないわ。」


「ああ、あんたの言うとおりだよ。もともと金は目的じゃない。だからこの金はもらえねーし使えねえ」


 信長は本当に心理学者かメンタリストにでもなったのだろうか。よくわからんがすごい。俺は全く話についていけてないが結局このおじさんが信長にお金を返しに来たことだけは事実みたいだ。


「どうしても気になったんだ。後悔するのは俺だって言われたことがな。確かに、俺がこの金を使ってしまっていたら、間違いなく後悔していた。あんたにとっては水と同じだっけか?それを聞いたらやっぱりもらってやろうかと思ったけどよ。でも、やっぱりもらえねーわな」


「はっはっは。だから言ったではないか。後悔するとは小心者がよく使う言葉じゃからのう。お主のその面と体格でその言葉が出てきたとき、儂は笑いすぎて息が止まるかと思ったぞ」


 こう言いながらも信長は今も笑いを堪えてる。


「……なあ、信長さんよ。最後に聞かせてくれ。あんた、本当にこの世を変えるつもりがあるのか?」


「たわけ、儂にこの世を変える力などないわ。儂はただ道標になるだけ。道を示すだけじゃ」


「ふーん……なるほどね。……俺は、あんたを応援するよ。信長さん。だから、この金はあんたに。あんたもなんか乾いてそうだしな」


「ふん、よく言うわ。さて、話しすぎたわ。次郎、酒を」


「おかわりですね!了解です!すみませーん、カルアミルクと生二つください!」


「このうつけがっ!!!二杯目にかるあみるくを飲む馬鹿がどこにおるっ!?かしすうーろんじゃ阿呆めが」


「……はい、すみません」


 こうして、今日知り合った四十代ぐらいのおじさんと織田信長っぽい信長との長いようで短い戦いはなんとか和解(?)という形で収まった。おっと、そういえば信長の話に夢中で全く携帯触れなかったな。ん?ミッチーからLINEが来てる


『次郎!今週の土曜日開いてる?合コン人足んなくてさ−!信長と一緒に参加できない?可愛い子も来るみたいだからよろしくな☆』















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