第2章「はきだめ」 6-2 試合当夜
「やれやれでやんす……」
諦観しきった眼で見つめ、プランタンタンが頬杖をつく。
試合当夜である。
客どもは、鮮烈なデビュー戦を飾ったストラがいきなり総合一位のバケモノと対戦するとあって、異様な熱気に包まれていた。中には、この二週間ほどのあいだに遠くはヴィヒヴァルン王国からお忍びで訪れている王族もいるという。
「き……聴きましたか、プランタンタンさん……」
ドギマギしながら、緊張と不安を少しでも和らげるために水筒のワインを水のようにグビグビ傾けているペートリューが、控室でささやいた。
「な、なんでやんす?」
「リーストーンなんですけど……」
「リーストーンがどうかしやしたか?」
「ダンテナなんですけど……」
「
そこでペートリューの声が聴こえなくなるほど小さくなり、プランタンタンが顔を近づけた。
「……山火事があったでしょう、山火事が。タッソが火事になったあの日が、山に燃え移って、それが広がった……」
「ありやあしたね」
「ダンテナもけっきょく火に包まれて、リーストーン家は領地を捨て、ヴィヒヴァルンに亡命したそうです。そして、ゲーデルエルフが……」
プランタンタの目つきが、一瞬、凄まじい殺気に彩られた。
「……グラルンシャーンのヤツが、のっとっちめえやんしたか?」
「ええ……よくお分かりに……!」
「アイツの考えそうなことでやんす」
「でも、街はタッソもダンテナも完全に灰になったそうですよ」
「あっしらエルフに、人間なの街なんざあ何の価値もねえんで。それに、エルフとゲーデル山羊製品の取引を直接できるとありゃあ、村や街のひとつやふたつ、アッという間に人間のほうが造っちまいやさあ」
「…………」
手をひらひらさせながらプランタンタンがストラのところへ行ったので、ペートリューは水筒を傾け、その細い背中を見つめるだけだった。
そこへ、代理人として主催であるフィッシャルデアーデと交渉していたフューヴァが戻ってきた。
「いま、前の試合が終わりました。ストラさんが勝った場合は、正式にギーランデルに所属するって伝えてきました。フィッシャルデアの連中のカオ、見せてやりたかったですよ」
そう云って笑うが、ストラはとうぜん仏像みたいに沈黙と無表情を崩さぬ。
だが、もうフューヴァも慣れた。無視して話し続ける。
「気をよくしたギーランデルのヤツ、試合料を少し上げました」
「どれくらいでやんすか?」
「ひと試合、9,000トンプ、勝ちにつき5,000だ」
「本当に少しでやんすね」
「いいじゃないか、どうせ長居しないんだろ?」
「そうでやんす。それに、そうとなりゃあ、やっぱり1,000トンプ……いや、1,500くれえ賭けときやあすかな……?」
「そうしろ、そうしろ」
二人の会話を聴き、ペートリューがガサガサと鞄をまさぐり始めた。またぞろ何本も水筒にワインやらカルバドスやらを詰めて持ってきているが、財布を確認し、
(今日も、試しに800持ってきて正解だった……!)
ペートリューも、またストラに全額賭ける。
「そろそろ時間です」
係が呼びに来て、四人が控室を出る。ストラが途中で別れ、ステージへ向かう。三人は、セコンド席へ入った。
ストラが現れると、
「すげえ声でやんす」
耳の良いプランタンタンが、思わず長い両耳を押さえた。
そして、ストラの正面の扉が開き、現れたものは。
「……げえっ、なんでやんす!? あいつあ!?」
プランタンタンが、恐怖と嫌悪に顔をしかめた。本能的なものだ。
ペートリューも無意識で震えだし、水筒を口に着ける手も震えて口からワインがこぼれた。
現れたのは身長が三メートル半はある怪物で、なにより先日ストラが倒した黒騎士もかくやと思わせる黒い全身鎧を着こんでいたが、良く見るとそれは鎧ではなかった。
「む……虫人間でやんすか!? な……なんでやんす!?」
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