第2章「はきだめ」 5-3 人生を変える相手

 ガチャガチャというのは、我々で云う「ドンパチ」に感覚が近い。つまり、戦争や紛争、抗争のことである。武器を打ち合わせている様子を指す。


 「ガチャガチャやってると、儲かるんでやんすか?」

 「戦争ほど儲かるもんはないぜ」

 フューヴァがニヤリ、と悪い顔になった。

 「へえ……」


 「ま、アタシらは戦争屋じゃねえから、ストラさんの傭兵代をどう吊り上げるかって話になるんだけど、さ」


 「傭兵代でやんすか!」

 プランタンタンが、その美しい薄緑の目を丸くする。

 「そ、そりゃあ、どれくらい吊り上げられるんで!?」

 「天井知らずさ、国家予算だからね。戦争に勝つためには」

 「うぉお……!!」


 「ただ、相手はこんな田舎の犯罪組織じゃねえ。フランベルツ家だ。交渉も、生半可じゃないぞ」


 「のぞむところでやんす」


 プランタンタンがいつもの前歯から息を漏らすシッシッシッシシシ……という含み笑いを発し、カップからワインで薄めた水を飲んだ。


 その妙な頼もしさに、フューヴァも嬉しくなって、

 「よおし、じゃあ前祝にカンパイだ!」

 「酒はけっこうでやんす」

 「これでいいさ、これで」

 フューヴァがそう云って水ワインを掲げた瞬間、

 「カンパイ!? するする! わ、私も仲間にいれてください!」


 こういう時だけ溌溂はつらつとした声を上げ、赤茶色い箒をサカサマにしたような髪でペートリューが部屋から出てきたので、フューヴァが吹き出し、腹を抱えて笑い転げた。



 その後の二週間、プランタンタン、ペートリュー、そしてフューヴァは、食べる(ペートリューは飲む)に困らぬというのが、これほど精神に安静をもたらすものかと痛感した。しかも、何事も問題が起きず、買い出しや簡単な掃除以外、特にすることも無く、本当に食べて寝ての生活を生まれて初めて体験した。


 また、二度ほど、入った事はおろか近づいたことすらない高級レストランで食事をし、貴族が食べているものに匹敵するという食事と酒に加えて、非常な居心地の悪さと夢見心地を堪能した。


 「フューヴァさん、少し、太ったんじゃ、ありやあせんか?」

 「ええ? そうかい?」

 フューヴァが鏡をのぞいた。確かに、頬が丸くなった。

 もっとも、今までが痩せすぎだったのである。

 「きっと貴族だって、アタシらより仕事してるぜ」

 椅子に足を投げ出して座って、プランタンタンが珍しく苦笑し、


 「あっしなんざあ、自由の身になって、最初は仕事を云いつけられねえと逆に不安でやんしたが、好きなだけメシを食うと、それが無くなるんでやんす。ホントに、ストラの旦那様様様様様様様でさあ」


 目を細めて微笑み、そんなプランタンタンをフューヴァが見つめた。

 (人生を変える相手って、本当にいるんだな)

 フューヴァも、しみじみと思う。

 その、ストラであるが。

 二週間のうち、何回も地下迷宮の実地探索を実行していた。

 この街は、深夜よりむしろ昼間のほうが探索に向いている。


 光学迷彩モードで窓より忍者もという身のこなしで抜け出て、低高度浮遊移動しつつ屋根を伝い、とある路地に降りる。路地の隅にゴミ溜めのような小屋というか、物入れというか、木質製の大きな犬小屋のようなものがあって、ストラがその扉を開けると中に入った。


 すると、石畳の地面に鉄格子があって、雨水溝うすいこうのようになっている。

 じっさい、雨水がここに流れこむ。

 その鉄格子を片手で軽々と持ち上げ、するりと中に入った。


 マンホールめいて垂直にレンガ造りの立坑たてこうが続き、二十メートルも下りると、水平になって、大きな通路に至る。


 このように、ギュムンデの地下には広大な地下迷宮が広がっており、一部は本当に下水・雨水道になっているが、明らかにそれ以外の目的があって建築されていた。また、巧妙に隠された出入り口が、地上の至る所にあった。ストラは広域三次元探査で、そのすべてを把握していた。


 光が入らず完全に闇だが、ストラは光学迷彩のまま、足跡も残さぬよう空中浮遊で進んだ。


 何をしているかというと、ギュムンデ中心部の真下にある、探査不可能領域を実地調査していた。場所を変え、これで三度目だった。


 (やっぱり、どこからも出入りできる場所がない……完全に密閉されている……)

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