第2章「はきだめ」 4-5 シュベール

 「ぬかしたな、このクソ!!」

 「オレがクソならてめえは何なんだよ、クソ以下のでまかせ売女ばいたが……!!」

 「……んだ、コノォ……!!」

 「ああ!? んだってんだ、ああ!?」


 そのままキスでもするのではないかというほど顔を近づけ、二人して鼻面をしかめて睨みつけ合う。まるで、なにかの儀式のようだ。


 だが、フューヴァはケープの下でもうベルトに吊っている短剣の柄へ手を伸ばしている。そして、若いチンピラもレーハーやギーランデルの雇われ用心棒ではない。最下層の下っぱとは云え、武闘派組織フィッシャルデアの正式な一員だ。睨み合いから、いきなりフューヴァへ牽制の軽い頭突きを喰らわせたと思ったら、その短剣へ伸ばしている腕をとって捻りあげていた。


 「アッ……クソッ…!!」

 フューヴァが、苦悶に顔をしかめる。

 「売女ばいたが、イキがってんじゃねえぞ!!」


 そのまま腕を逆にキメ、フューヴァを路地裏の建物の壁へ押しつけた。

 そこまでして初めて余裕が生まれる。下卑た笑い声を発しながら舌を出し、

 「へぁははあッ……このままヤりながら折ってやるよ……」

 そして、左手でフューヴァのベルトを外し始めた。


 (はわわわ!! どっどどっど、どうしよ、どうしよどうし……!!)

 フード姿のペートリュー、凍りついてガクガクと震えだした。

 「この……クソ……!!」


 懸命に抗うが、フューヴァも所詮、戦士ではない。ひねり上げられる左腕の痛みと壁に押しつけられる衝撃で、全身が硬直した。


 「ヒヒヒ……イイッ……ツ……あ、あああ、あうッ……!」


 と、いきなり、今度はチンピラが苦悶の声を上げ、フューヴァを離したと思ったら腕ごと捩じり崩される。


 「スッ、ストラさん……!!」

 フューヴァがチンピラに掴まれていた腕を押さえつつ、明るい声を上げた。

 「えっ、ストラ……さん!?」


 押さえつけられて片膝をついたチンピラが首をもたげ、音もなく現れて自分の腕を掴んだストラを見上げた。


 「あっ、ああ……ああっつ……! お、おゆるし……!」

 とんでもない力だ。当たり前だが。


 「いい気味だな!! 黒騎士ゴハールをぶっつぶしたその力を味わえるなんて、滅多にねえぞ、このヤロウ!!」


 フューヴァ、チンピラの横顔に唾をはきつける。


 チンピラはそれどころではない。路地の裏にシュベールを引っ張りこんだアニキ達や、そもそも自分たちがフューヴァとペートリューを襲っているときに助けに来るはずの組織の上役はどうなっているのか。


 「はーいはいはいはいはいー~~、ストラさんストラさん、ちょっと待った、待ったですよー~~」


 暢気のんきな声がして、路地から出てきたのはシュベールだ。ストラが視線だけ送る。


 (私が動くまで、路地の陰で待機していた……路地の奥には、頸部裂傷により死亡した死体が二つ……攻撃したのはこの男……返り血一滴、浴びていない……)


 「あんた、なんとかって子爵……」


 レーハーでは有名人だが、正直、フューヴァのレベルでとれる客ではなく、よく知らない。


 「あんた、さっきの二人は、どうしたんだ!?」

 「お帰りいただいたよー~。ちゃんと話をつけて……ね」


 シュベールが微笑みながら流し目でフューヴァを一瞥し、その肩をポン、と叩いた。


 (う……)


 そのまったく無駄の無い動きというか……殺気だってピリピリしている自分の肩を事も無げに叩いたその気配の無さに、フューヴァがギョッとして声も出なくなる。これがナイフか何かの攻撃なら、そのまま喉でも突かれて死んでいる。


 「あなたは?」

 ストラが、無表情に訪ねた。


 シュベールは流石にストラには不用心には近づかず、いつでも逃げられる(と、彼が思っている)間合いをとって、


 「まずは、その手をお離しを……私はちゃんと、彼に金を払っているのですから、話はついているのです」


 ストラが万力のような手を離し、チンピラが這うようにストラから離れ、ものも云わずに脱兎の如く逃げ出した。


 「御達者で~~」

 シュベールがお気楽に手を振った。

 「私に何の用?」

 「これはこれは……偶然お会いしただけですよ」

 「私に何の用?」

 ストラがもういちど繰り返し、

 「…………」

 笑顔のまま、シュベールの眼が細くなる。

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