第1章「めざめ」 2-4 ストラの食事

 「うっひょおおおお、うめえええええ!」

 プランタンタンが、シチューを木のスプーンで頬張って叫んだ。

 「うめえでやんす、うめえでやんす!」


 バクバクとパンもかっこみ、酒はあまり得意ではないので水でワインを薄めて飲んだ。


 そして口いっぱいに食べ物を溜めこんで、ふと、そんな自分を半眼で凝視しているストラに気づき、


 「……だ、旦那、お食べにならねえので?」

 「食べるよ」


 と、云っても、ストラは物を食べる必要が無く、入浴と同じく食事も人間に見せかける偽装行動だ。食料からエネルギーを得ることもない。また、食べたものは瞬時に原子分解され、薄いガスとして疑似呼吸等により放出する。そのため、事実上無尽蔵に食べ続けることができる。(当たり前ながら大食い大会にでも出れば、どんな大会でも圧倒的な差で優勝できる。)


 ストラはパンをちぎり、無表情で口へ入れた。味センサーにより味は分かるが、うまいまずいという感覚はない。


 (味成分は高数値で地球型食物に類似、97%が同じ味と認定)


 黙々とパンとシチューを平らげ、ワインを水のように飲んでしまった。とうぜん、酔わぬ。


 同じころ、プランタンタンも自分の分を食べ終え、人心地ついていた。エルフはもとより小食であり、またプランタンタンも、あまり大量に食べる習慣が無く胃が受けつけないため、値段あたいの食事量で非常に満足していた。


 「いやああああ~~~~~~食ったでやんすねえ~~~~、こんな腹いっぱいになったのは、うまれて初めてで。ホント、ストラの旦那と出会えたのは、神様の思し召し……ってやつでやんす。ありがたや、ありがたや……」


 ストラを伏し拝むプランタンタンを興味なさげに見つめ、ストラは席を立った。あわてて、プランタンタンも続く。部屋へ戻るさなか、暗くなってきた廊下に、使用人が燭台の蝋燭へ火を入れていた。


 「このご恩返しに、明日からは、いい仕事をとってくるでやんす! 旦那、ひとついっちょう、御頼みもうします!」


 「うん」


 部屋へ入り、ストラがこれも人間生活偽装のため、浴室に備え付けである、未知生物の体毛を利用した歯ブラシで歯を磨くと、プランタンタンも真似をした。もちろん、生まれて初めてまともに歯を磨いた。これまでは、木の枝をブラシ状に削ったもので擦っていた。これを怠ると歯が無くなるという知識だけは、あった。


 安堵と疲れ、これからの希望で、プランタンタンは寝床へ入るや否や、気絶するように寝てしまった。これもまた、当然のように初めてベッドで寝た。入ってすぐは感動ですすり泣いていたのだが、気がついたら寝息を立てている。


 その、深夜。


 小さないびきを立てて寝入っているプランタンタンの隣のベッドで横になっているストラが、音も無く起き上がった。そのままベッドから出て、窓際へ行く。ガラスも入っていない木窓を開け、熟練の盗賊もかくやという身のこなしでと窓から外へ出た。確かに一階であるが、ストラは重力反発効果を利用し、地面には下りず空中に浮遊したまま窓の外に佇んだ。そして、一気に効果を高め、一直線に垂直上昇した。その勢いは、まさにスカイダイビングで上空1000メートルから飛び下りたのと同じほどで、そのまま空へ向かって猛烈な速度で上がる。


 雲が少なく、星々と、明るさの異なる小さな大小の月が見えていた。ストラは上空1500メートルほどで上昇を停止し、引きちぎれんばかりに髪の棚引く強風の中に浮遊した。


 すると、ストラの頭上150メートルほどの距離の空間がゆがみ、直系100メートルはある巨大な環を形成した。


 重力レンズである。


 その凸レンズをもって大量に降り注ぐ宇宙線を収束し、巨大なエネルギー放出へ変えて自らへ焦点を合わせた。


 それが、いわばストラの食事だった。電気であれば、充電だ。補給行動である。昼間に行うと太陽光線を集められるので遥かに効率が良いが、発光発熱がすさまじく、非常に目立つのだった。地上付近で行うのも、巨大な重力干渉で周囲に影響が出て潜伏行動中は望ましくない。


 もっとも、いまタッソの上空には満点の星々がゆがんだ巨大な目玉模様が浮かび上がっており、もし目撃者がいれば、ちょっとした騒動になるのは必至だった。

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