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※「命の灯」本編第2話14~15章のネタバレを含みます。

 ネタバレ回避する場合は、本編を先にお読みいただくか、「1」から読み進めてください。


「あーっ! クソ……ッ!」

 内心の鬱屈を吹き飛ばそうと上げた大声が、消毒液の臭いの充満する白い部屋にむなしく響く。

 大声を出した途端、折れた肋骨がピキリと軋み、俺――ロン・セイヤーズは、腹を押さえてしばし息を呑んだ。

「ちっくしょ……っ、んだよ!」

 この痛みも、白い部屋も、消毒液の匂いも全てが腹立たしい。

 けど何より腹が立つのは、自分自身に対してだ。

「――ロン。落ち着きなよ」

 ドアを開けて姿を見せたハルが、ベッドの上でクサっている俺を見て溜息を吐く。とはいえ、原因が判っているだけに、諫めると言うよりは宥めるような口調だ。

「仕方ないよ、知らなかったんだから」

 そう言いながら抱えていたバッグ――俺の着替えその他諸々が入ってるらしい――を部屋の隅に置いて、奴は複雑な表情でこちらを振り返った。

「それにしても――僕ら、彼女のお兄さんの名前も知らなかったんだね」

 静かな口調には、隠しきれない悔恨の色がある。俺だけじゃなく、ハルもきっと、同じ事を思っているんだろう。


 数時間前。

 監察に侵入した男をギリギリで取り逃がし、医療部に運ばれた俺は、直属の上官であるアレン・ランブルと警備部長官のキリク・サイードを相手に、事の経緯を説明していた。

「概略は理解した。それで、賊の身元に関する手がかりはないか」

 そう訊ねられた時、俺はの脳裏に浮かんだのは、あの男が入ってきた瞬間の、リン――俺達が現在「保護」している娘――の様子だった。確かあの時、男の名と思しきものを口にしていたはずだ。

「多分、ヤツの名前だと思うんすけど……」

 記憶の糸を辿る。過たないよう、慎重にそれを繰り返しつつ、舌にのせた。

「確か――『シズキ』とか……」

「――!?」

 その瞬間の長官の表情を、瞬時に緊張を孕んだあの空気を、俺は忘れることはないだろう。

 何気なく、ただ聞いた言葉を反芻しただけなのに、返ったのは予想外の強い反応だった。訳も分からないまま、ただ、何か言ってはいけないことを言ってしまったことだけは理解できた。

 息が詰まる。ズキリ、と麻酔が効いているはずの鳩尾が疼いた。

「どうしたんです?」

 普段、どんなときも冷静で穏やかな微笑を崩さない長官のあからさまな動揺に、ハルも困惑気味に訊ねた。

 そんな俺達を、長官はかわるがわる眺めた。動揺を隠しきれず、青ざめた顔には苦痛の色すら浮かんでいる。

「ああ、いや……君たちは……、そうか、知らなかったのか」

 意味深なことを呟いて、長官は前髪を掻き上げる。深夜の騒動のせいで崩れたオールバックが、さらにバラバラと崩れていく。

「警備長は……、もちろん知ってるね」

 警備長に視線を向けると、彼は苦虫を噛み潰してさらにドクダミでも呑み込んだような渋面を作っていた。ただでさえ強面の造作が、鬼瓦のようだ。

 そんな警備長から目を逸らし、深く長い溜息を吐くと、我らが長官は額に手を当てた。それからじっと俺とハルを見る。

 その真剣な表情が、否応なく不吉な予感を駆り立てる。聞きたくない。だが聞かなくちゃいけないと勘が訴える。得も言わぬ緊張感に、知らず、俺たちはごくりと唾を飲み込んだ。

 ゆっくりと、長官が口を開く。

「――『シズキ』というのは、公安長……いや、友香の兄の名だよ」

 その言葉の意味を理解したとき、呼吸が今度こそ――誇張でも何でもなく、止まった。

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