最終話 目一杯の祝福をこの世界へ(前編)

 サイガン・ロットレンの墓前。


 要塞都市であり、アドノス島にいて最も栄えた街となったフォルテザのその外れにある丘。

 故人の母国、イタリアとその間の海原を見渡せる位置に埋葬まいそうされている。


 今日は故人の命日であると同時に、ローダとマーダの数奇な争いの幕が下りた日でもある。


 ヒビキ・ロットレン、満60歳を迎えた彼女が墓前に花を添え、祈りを捧げていた。他にもその背後に数人の者が集っている。


 彼女より20歳以上、歳の離れた連中の殆どが黄泉路よみじへ旅立ってしまった。


 柄の長い斧バトルアックスの騎士ジェリドと、妻となった赤いしゃちことプリドール。


 学者……というより限りなくエンジニアであったドゥーウェンと、共に余生を過ごした二丁拳銃トゥーハンドのレイ。


 鹿児島へ帰ったガロウの消息はさだかでないが、たとえ生き長らえていたとしても、まあ隠居いんきょが関の山であろう。


 ローダより2歳年上であったルイスと、実は余り歳の変わらなかったフォウの夫妻。


 疲弊ひへいし切ったフォルデノ自治区をしっかり立て直し、闇の大地と呼ばれたカノンすら開拓して、人並みの生活が送れる場所へのいしづえを築いた。


 こんな二人だったからこそ、感謝を込めた盛大な葬送そうそうが勝手にり行われたものだ。


 ルイス・ファルムーンは、弟の様に扉の力で命を繋ぐことをしなかった。『余程のことが無い以上、であるべし』を美徳とした。


 そんな男だからこそ、フォウもファルムーンと成り、同じ道を歩んだのだ。


 結局きっかけの相手はマーダだったのか? あるいは気まぐれの優しさから来たルイスであったのか? 正直不明な処があるが幸せの内にけたのだから今さらである。


 結局の処、ハルバードより投げ槍ジャベリンを得意としたランチア。結局死ぬまで一人を謳歌おうかした。


 きわいて『俺が逝っちまった後も、財団はお前等ローダ夫妻の味方だ』と言い残した。


 他にも多くの者共が、最初の扉を開く青年が生まれ往くまでに犠牲となった。別にローダの礎でも、にえになった訳でもない。ただの結果に過ぎないのだ。


 勿論、ヒビキの様に未だ生き長らえている者だっている。


 その筆頭………少々可笑しな言い方であるが、サイガンが創造した人類を超えた存在、永久とこしえを往くルシアは無論生きている。


 加えてそのかたわらには、扉の力で永遠の存在を誓ったローダが居る。


 可哀想かわいそうなのはヒビキである。自分のパパとママより、自身がヒビキと呼ばれる様になってしまった。


「全く、貴方ローダが『俺もお前と共に歩む、もう決めたことだ』って言った時には呆れたよ……」


 そんなルシアの想いを少しだけ語りたい………。


 ◇


 それはルシアがヒビキを出産後、3ヶ月程経った深い晩深夜の出来事。


 ドゥーウェン邸でヒビキをようやく寝かしつけ、広いベランダにてフォルテザの港から流れる潮風を感じつつ一息ついていた。


「………貴方ローダ、来てたの?」

「嗚呼………今日のエドナ村は大シケでな海が荒れてた。漁は休みになったから様子を見に来た」


 ルシアをいつもの知れ顔で受け流すローダ。………まあ、それは良い。この男、これから就寝時だというのに差し入れる物が珈琲では、疲れのいやしとしては不合格である。


 別に『お前を寝かさない……』などとうそぶくつもりではないとルシアも重々承知している。ただ何も考えていないだけなのだ。


「………ありがと」


 これを黙って受け取る予定調和と受け入れるルシアも、幾分いくぶん嫁が板に付いてきたと言える。ただ、受け渡してきたその手がかすかに揺れてるのに気付いた。


 ………どうやらただの様子うかがいではないらしいと知る。


「………る、ルシア。お、俺…」


 ゴクリッ


 緊張し飲んだ息を珈琲も被せて一緒に飲んで誤魔化ごまかしたつもりらしい。マーダやルイス等とあれだけの舌戦を繰り広げた男が、自分ルシアの前では形無しこれが本来を見せる。


「………俺、あのいつまでも打ち寄せる波の様に、って決めた」


「う、うんっ………………………ハアッ!?」


 返って意味不明にしている比喩ひゆの後、『永遠になる』と告げたので一瞬、初め訳が判らず、空返事から「ハアッ!?」である。


 言い回しこそ夫らしい言葉遊びだと思うが、結論が酷過ぎて、口をアングリ開けてしまった。


「ちょ、ちょっとぉ!? 貴方何言ってるか判ってるの?」


「………勿論だ。ルシア………お前一人にこれからの未来の監視を任せるなんて俺には到底容認出来ない。老人サイガンの敷いた責任レールを往く訳じゃない。これは自分の意志だ」


 しばらく訪れる静寂せいじゃく………。これまで幾度となく夫の言動に驚かされてきたルシアである。然し今回のは、度を越えていた。


「………わ、私は元々そういう存在。扉の能力ちから見定みさだめる鍵なのだから」


 言葉を充分に吟味ぎんみしたつもりのルシア。ローダから貰った大切なもの。恋、娘………女として認められし幸福。


 この人は、まるでこの淹れ過ぎの珈琲押し付けの愛情のように、これ以上私へ与えようとするのか?


 ───駄目だ………。私がとして全く足らない。あふれ出るものこらえきれない。


(そう……私はもう充分過ぎる程………)


「………貴方から………貰ったの………だから」


 心の声で抑えるつもりだった………でも、こらえようがなかった。カップが手から滑り落ちる。両手を広げ落ち往く涙を受け止めるのに精一杯だ。


「じ、地獄の番人に相応ふさわしいのは私だけッ! 貴方には………ローダ・ロットレンは、ヒビキと共に普通の人生を歩んで欲しいッ!」


 ───そうだ、貴方はヒビキにとって、ただのパパであって欲しい。手を血で染め上げるのは私の宿命さだめ……どうということは……ない。


「駄目だ、もう決めた。ルシア………君とこの結婚指輪ステンレスを交わすとはそういう意味だ」


 夫が左薬指に光る物を見せてから、ゆっくりと、そして優しく私を抱く。


「………そ、それに君となら永遠なんてむしろ果て無き幸せ……じゃない……か」


 此処でローダの声色が、最初の告白永遠を誓う時以上の片言となる。あのエドナ村で初めて交わした会話、可愛げしかなかったあの時の想い出が蘇った。


「………もぅ、先にそっちを言って果て無き幸せをくれたら良かったのに」


 今度はこっちの番、ダラリと下ろしていた両手を挙げて、ローダの首へ抱き付いた。


 ◇


 生き残り組、ヒビキ、ルシア、そしてローダ。後は永遠でこそないかも知れぬが、人間と比較にならない寿命と老け知らずの美麗びれいさを誇るベランドナも参列している。


 此処にこそ居ないが、ベランドナと同じハイエルフのレイチとて恐らく同じであろう。


 それに若い方のアルベェラータ夫妻、リイナとロイドも未だ頑張っている。二人共、同い年の76歳。とんでもない長さの幼馴染おさなじみ


 ロイドはすっかり老け込んだものの『昔は俺ももんだ』と栄光話をのに余念がない。


 ただし同じ76でもリイナはまるで別人………と言うより、17歳に付いた呼称『森の女神』頃からまるで様子が変わっていないのだ。


 相変わらず美しき長い銀髪で、身長が155cmから171cmに伸びた。戦の女神エディウスの最高司祭であり、未だエドルの大司祭。


 ローダとルシア、べランドナがなりを潜めながら生きている中、この娘の出世街道、言葉が劣悪れつあくだが、かなり化け物じみている。


 その上、17歳の若さぶりも健在と在れば、もういよいよ手が付けられない。


 夫ロイドは留守番だが、その美しさを未だに変えぬリイナ・アルベェラータ。最高司祭である彼女が、アドノス島………そして人知れず世界史を変えた男へ祈りをささげるのは当然と心得ている。


 加えてその傍らには、真っ白い永遠の子猫ジオーネ・カスードが付いて回っていた。


「………もぅ、ハイエルフのベランドナさんは当然として、ママより先にしわくちゃになった上に、リイナさんにまで………う度に言うけど理不尽が過ぎるよ」


 全くもっともな文句を言うヒビキである。追わず苦笑で応じるリイナ。見た目は17歳の肌質感でありながら、中身は成熟し切った女性である。


 ヒビキへ返す苦笑にすら、大人の気品をにじませている。


「フフフ………ヒビキ………。恐らく不死鳥を取り込んだ影響だと思うけど、私もいつまでこの姿でいられるのか、まるでつかめていないのだから………」


 ………そうなのだ。


 不死鳥フェニックスの能力を手足のように扱えるようになった彼女自身、この老化現象が進まない謎を解き明かせていない。


 突如、身体の方がいう事を効かなくなる爆弾を抱え込んでいる可能性も否定出来ないのだ。


「処でジオは、いつまで此方に居続けるつもりなのかしら? 天国のお母さまの所へ逝かなくて良いの?」


 足元を無邪気に走る白猫へ呆れたふうあおりを入れるリイナである。


「だってニャ。リイがちゃんと不死鳥を引き継ぐ相手を探してないからいけないのニャ」


 ピョンピョンと2つ跳ねて、リイの肩に座る白猫。此方も不確定だが、暫く元気な姿が続くとみえる。


義父さんサイガン………間もなくだ。恐らくあと10年掛からず、また


 墓前で奇妙なことを口走ったローダである。サイガンにまた逢えるとは?

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