《番外編第16話》異形のリグレット

 リイナの後押し含め、メルが成し遂げた魂送りフェアリー・シャイン


 既に致命傷をこうむった傀儡くぐつ達が、次々と光に成り代わり、へと昇り始める。


 争いの最中に生じた安らぎの光景。これを見たルシアが「亡くなった者は星となって夜空を照らす……か。貴方ローダ言ったこと焚火での話、本当だったのね」と懐かしげにつぶやく。


 しかしその葬送そうそうされる側に数えられていた筈の巨人が未だ星にならない。


(………片腕と両脚を失ったのに足りなかった………!?)


 アスターが自身のしくじりを自覚した。咄嗟とっさのことであったし、アスターの手が届く範疇はんちゅうでやれたのは両脚を落とすので精一杯。


 一撃必殺には至らず葬送おくられる側に届かせるには僅差で足りなかった。致命打でなければ、現世から消すことは出来ない。


あの敵リグレットが仕組んだ結果だ……。あわよくば二人の魂送りを止める。だが無理なら予定通り自分に取り込む二段構え………仕方がない」


 頭を横に振ってローダがアスターの失態を否定する。メルとリイナの邪魔に入ろうした巨人。上半身こそ前のめりであったが、下半身だけ引き気味という絶妙ぜつみょうなる操り加減。


 けれどもアスターにしてみれば実に口惜くちおしい。メルがしっかり自分の意志で前向きな戦いをしているというのに自分は……と独りちる。


「………一体何を彷徨まよっている? お前とあの子メルのお陰で敵が本来得ると想定したをだいぶ削ぐことが出来た。それに………」


「………判っている」


 それに………『まだ何も終わっちゃない』と告げ、むしろ此処から本番だと曇った蒼き瞳に生気を宿そうとしたローダの言葉をさえぎるアスター。


 ………そう、確かに最悪の事態はまぬがれた。だが最後の巨人が葬送おくられることを止め、自らのからだと成したリグレット・バルバリアは、その巨躯きょくを彼等にさらした。


 長い漆黒しっこくの髪先には、時折人の顔らしきものが無数にちらつく。


 背中に生やした羽根も暗黒。ローダの白い翼をメルが『天使』と形容したが、此方は真逆『悪魔王サタン』の様相ようそうだ。


 全身の凹凸があらわになっている様子から、元々は女であったとうかがえなくもない。しかし躰の至る所から、違う生物人族の成れの果てが出たり入ったり。


 最早、性別はおろか何処に種別されるべきものかすらさだかではない。


「何だァ? この化け物、俺の元総大将マーダより、余程よっぽどらしいじゃねえかラスボスらしい……」


「チッ、こりゃ随分ずいぶんたけえ酒代になりそうだぜ」


 次弾を装填そうてんしながらレイがうそぶく。冷や汗をらしつつ舌打ちせずにはいられないガレッツォであった。


「………で、でもさ。アイツ一人の首さえ落とせばなら寧ろ楽なんじゃ………ってそんな訳ないよな」


 こんな化け物を目の当たりにして、未だ落ち着いた雰囲気ふんいき相方リイナを横目に舌を巻くロイド。


 リイナは決して驚いていない訳ではないのだが、さらにその顔つきが精悍せいかんさを増した感じだ。


 レイも悪態あくたいを付く程の余裕が在りそうだし、初めて共闘している傭兵ガレッツォですら、割に合わない酒を飲んでたなどと言い張っている。


(………こ、この人達やっぱりどうかしてるとんでもない


 自分が余りに場違いな存在であることを認めざるを得ないロイドであった。


竜之牙ザナデルドラ!」

「炎の精霊達よ、我が拳に宿れぇ!」


 先ずロットレン夫妻が仕掛ける。己が剣の名を説きながら、両手で握った剣を真横に振るい、リグレットの手首を狙うローダ。斬るというより出方をうかがう感じだ。


 一方、新妻ルシアは大胆不敵だいたんふてきにも、左胸辺り心臓付近を右ストレートでつらぬきに往く。炎の拳が真っ直ぐな赤い線を描く。


「クッ!」

「な、何ィッ!?」


 だがローダの剣は、リグレットの手先からはいい出てきた騎士らしき者が、斬り結んで火花を散らす。


 ルシアの右拳は、狙った胸が瞬時に巨大な顔へと変貌へんぼうし、鬼の形相ぎょうそうみつかれる寸前までいった。悔しさをにじませつつを拳を引く羽目になった。


 ─見たか人間ゴミムシ共ォッ!! この我がじかに操る可愛らしい傀儡共の恐怖をォォォッ!!


 勝ちに誇ったリグレットの叫びが各々の頭に直接刺さり、絶望を与えようとくわだてる。此処でリイナは気付いた。


 自分の手を握る小さな手が汗をかき、小刻こきざみに震えていたのだ。


「な、何なのアレェェ! リイナはアレが怖くないのぉ!?」


「………怖くないよ、なあんて言ったら流石に嘘かな。だけどね、私達はもっと凄い人達と戦ってきたんだよ。それに………」


「………??」


 相も変らぬ凛々りりしさで応じるリイナ。アドノス島で演じた数々の死闘………くぐり抜けた修羅場の数が物語る落着きぶりだ。


 さらに背後へ流し目をする。釣られてメルも後ろに視線を移してしまう。強大な敵を目の前にしているのだから、本来ならば迂闊うかつな行為だ。


 メル達の背後に居る者………。それは冷静な目を湛えた金髪の剣士であった。蒼氷アイスブルー字面じづら通りの冷ややかさを秘めている。


 全くって狼狽うろたえている様子がない。如何にしてアレを愛刀のさびと化すか? つい今しがた巨人を殺りきれなかった後悔すら力に転換する、迷いを知らぬ者の目だ。


 さらにその隣人。一見引きった顔をしているが、アスターの落着きにほだされたか。口角が上がっている褐色の女パルメラも居た。


 炎の精霊が宿るスリングショットで一瞬の間隙かんげきを狙っている。これは頼もしいというか、あるいは、やけっぱちといった処か。


「何であの人があれ程落ち着いていられるか………メルにだって判る筈だよ」

「………!」


 そう告げているリイナの全身からほむらが不意に昇り始める。魂の燃え上がり戦闘意欲がオーラとなって幻影を見せているだけかに思えた。


 もっともメルの驚きの大半はそちらではない。「メルにだって判る筈……」その真意が理解出来た気がしたからだ。


(私が自信をってこの戦いにのぞんだ………だからアスターだってブレないって決めたんだ!)


 それは少々おごりが過ぎるかも知れない………。しかしこの友達リイナが言っていることは正しい。


 それに自分やアスターだけじゃなかった。パルメラにガレッツォ、そしてパルメラが連れて来た連中。


 加えてこの友達が心底信じているのであろう仲間達とて、勝利を確信している者だけがせる余裕がある。


 これは各々が自分の力だけを信じている独りよがりのではない。仲間達の勇気を信じる結束のなのだ。


(………そうだ、私にだってまだ出来る………違う、私にしか出来ないことをやり切るんだ!)


 恐怖から強く握られていた手が、再び力を宿した本物の強さに戻ったことを知り、俄然がぜんその気になってくるリイナである。


「ヴァーミリオン・ルーナ。くれないウィータ、賢者の石がその真の姿を現す………」


 ゴオォォォッ!


 燃え盛るリイナの炎が、躰の至る所にたぎる模様を描いてゆく。彼女は完全に不死鳥をモノ会得にしていた。


 召喚しょうかんという流れタスクをすっ飛ばしているのだ。火の鳥である不死鳥を呼び出し、自身に取り込み肉体強化を図るのではない。


 既に不死鳥は我に在り。自分の中から引き出すすべを知っているのだ。故に静かなる詠唱である。


「………炎の翼、鋼の爪、今こそ羽ばたけ不死の孔雀くじゃく………さあ、おいで。


 最後のきわ迄、落ち着いた調べ。まるで飼っている小鳥にでも語り掛ける気軽さであった。


 そしてリイナのは、これだけに留まらないのだ。


「エターニタ・ルシーオ、不死と永遠の同居する孔雀よ。その羽根をこの勇士等に授けよ。羽ばたき、そして導け! 『不死の残り火エタビウス』!」


 さっきとうって変わった昂ぶりを感じる詠唱が木霊こだました。


 全身から炎を噴き出す炎が鳳凰ほうおうを成し、彼女の言う勇士達の直上を羽ばたく。孔雀の羽の様なものが降って来ると、それは分け与えられたのである。

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