第10話 希望を載せたアイリス

 河南士郎かわなみしろうとなった相手が不完全な扉の力に望んだ日本刀と氷雪の魔狼フェンリルを取り込んで生み出した氷狼ひょうろうやいば


 凍気を自由に操れるらしく、それをローダに向けて飛ばしてきた。


 ローダはこれをかまいたちと同様に交差させた刃で受ける。かまいたちとは違い、止める事は出来た。だが受けた剣は凍り、その腕は凍傷とうしょうを負ったらしく色が変わっていた。


「グッ……!?」

「どうした………もうしまいか?」


 文字通り、身も心も凍らされた思いがしたローダ。それを尻目しりめに士郎はさらに冷笑する。まさに冷たく笑うのが似合いの攻撃だ。


「ハァァァッ!」

「あ、あれはマーダとやった時の!」


 ローダが気合の声を上げると、その両腕を燃え上がらせた。それを目の当たりにしたガロウは、暴走しながらマーダと対峙たいじした時のローダを思い出す。


 あの時も体液を凍らされそうになった処で自らの全身を燃やし、それを防いだのだ。


「あれを自らの意志で出来る様になっていたのか!? だがそんな力を何処で?」


「恐らくそれは、ジオの不死鳥フェニックスです。不死鳥自体は私が継いでいるので流石に使えませんが、炎の魔力操作位は造作ぞうさもないでしょう」


 リイナがガロウの疑問をすんなり解いた。確かにジオーネからリイナに不死鳥を引き継がせた際、ローダもからんでいるので恐らく正答だろう。


「そ、そうか。そうだ、あの野郎ローダ、お前とジオで封印を解いていたんだったな」


 ローダが今までの封印を解いてきた相手の事をガロウは、一人一人思い返してみた。


(日本刀が扱えるのは悔しいが俺の力によるものが大きい。だがとは何だ? これまでそんな奴がいたか?)


 ガロウの中に新しい疑問が生まれた。しかしこれは間もなく意外な形で理解することになる。


「我が剣の凍気とうきをまさか自らを燃やして溶かすとはな。だがそんな事をし続けて果たして身体が持つのか?」


 次に士郎は散らした突きを放った。4つの凍気がローダを襲う。


(もう受けては駄目だ! かわすんだ!)


 ローダとてこのままではジリ貧だと判っている。取り合えず宙に上がり一つの凍気を躱す。けれどその先には、既に次の凍気が届いていた。


「風の精霊達よ、我を守れ!」


 風の精霊術で自らの身体の周りに空気の壁を作り、これらを風で押し返すと二刀を振りかざし、士郎の上空から襲いかかった。


(………次を撃たせる前に斬る!)

(大抵の二刀流は短い剣で此方の攻撃を封じ、加えて利き手の剣で斬りつける。貴様はどう来る?)


 士郎が刀を振る前に左手の脇差でそれを押さえつけた。これなら凍気は生じない。

 この後、士郎が知る二刀流なら、右手の剣は全く違う方から急所を狙って襲ってくる。


(……見てかわせば良いだけの事、造作ぞうさもない)


 士郎はそう愚直ぐちょくに考えていた。彼にはそれが出来る能力がある。


 しかしローダの右手の剣は、自分の脇差の裏側、みねに向かって振り下ろされた。


(な、何の真似だ?!)


 峰に当たったローダの剣は、脇差の裏側を滑りながら登ってくる。先に有るのは士郎の首だ。


(こ、これはいかんッ!)


 ギリギリってローダの刃をかわした士郎。あと一寸いっすんたがえばローダの刃に斬られるところであった。


「こ、小癪こしゃくな事を………まるで大道芸だいどうげいだな!」


 これには士郎、大変に立腹りっぷくした。自身の刀の裏を滑らせる………そんな意表を突く以外に意味があるとは思えない攻撃。


 それも西洋の両刃の剣と脇差を操る騎士にも武士とも言えないような男がやってのけた。それに殺されかけたのだ。


 怒りを載せて三度目の凍気の刃をローダに向かって飛ばしたが、またも風の精霊で弾き飛ばされた。


「す、すげぇ。あんな二刀は俺も知らねえ。なんてクールなんだっ!」


「あ……あんなのデタラメだ。二度目は通じん………」


 槍と剣は違えど同じ二刀を操るランチアは大興奮だいこうふんする。しかしガロウがそれを制して「そう……二度目はな………」と意味深に繰り返した。


 そして丁度この頃、ルシア渾身こんしんのコークスクリューブローがティン・クェンのほおとらえたときと重なるのである。


 ―ローダ君、今だ! この機をのがすとルシアさんがもたない!


 突然接触コンタクトを使ったドゥーウェンの声が何時いつにない緊張感を持ってローダに届く。


(……ドゥーウェン? ルシアが?)

 ―いけるか?


 ローダも接触コンタクトで応じる。「ルシアがもたない」と言うのが少々せない。確かに苦戦してはいるようだが、とはどうしたものか。


 だがこのタイミングを逃す悪手あくしゅは避けた方が無難ぶなんらしい。


 ―いけます! 早く! ルシアさん、貴女もです!


 これにルシアはただ無言でうなずく、此方は何時でも………といった覚悟態度


 士郎とティンには、そんな声こそ届かないが、この不思議なやり取りに不穏ふおんな空気を感じ取った。


「「何をする気だッ!」」


 士郎とティンが、それぞれ己の相手目掛けて飛び込もうとした。


「「AYAMEアヤメ、Ver2.0『アイリス』ッ!!」」


 ローダとルシアの天を突く程の鋭い声が、その場にいる全員の魂すら震わせた。


 ◇


「………菖蒲アヤメの英名をご存知ですか?」


 少し時をさかのぼる。


フォルテザの砦でドゥーウェンが、『AYAME』プログラムのバージョンアップ版をルシアに説いていた時の事である。


 目の前には全身に電極を付けられたローダが寝ている。彼には既に説明済の話であるらしい。


「アハハハ……正直な話、私、花にはあまり詳しくないの」


「英語表記で『Iris』、アイリスって読みます。日本の菖蒲あやめの花言葉は"希望"、そしてドイツのアイリスの花言葉……」


 ルシアは女性らしくないと恥じたのか乾いた笑いで誤魔化ごまかした。ドゥーウェンは此処で一旦言葉を区切る。外連味けれんみを含んだ感じ。


「"燃える思い"、加えて"情熱"。燃える思い………言葉通り、たぎるものがありますよね。だからAYAMEのVer2を僕はアイリスと呼称こしょうすると決めたのです……」


「そ、そのアイリス………AYAMEのVer2をローダと私に?」


「はい、一応私の身体で人体実験は終えています。副反応は覚悟して下さい………。マーダ……いえ、ルイスによって扉を開いたのだとしたら、此方も相応そうおうの準備が必要なのです」


 迷わずルシアはコクリッと頷いた。おだやかな笑みをたたえたドゥーウェン、聞くまでもないですよねといった態度であった。


 ◇


(そう、アイリスは僕の思いそのもの。これを受け入れてくれた皆のが載せてあるんだ。あの二人ならきっと使いこなしてくれる、僕はそう信じている)


「二人共いいですか。は、もって精々せいぜい5分ですよ!」


 ドゥーウェンは拳を握り締めながら、相手に聞かれるのも構う事なく声に出した。


「「アイリスッ!」」


 ローダとルシア、二人の叫びと共に全身が赤い輝きを帯びる。以前、ローダが狂人と化した時と酷似こくじしているが、しっかり意識を支配下に置いている様だ。


「何か知らんが…………」

「構わん! 斬るのみだ!」


 ティンと士郎は構う事なく、ローダとルシアへの突貫とっかんを止めようとはしない。


「………ローダの野郎が加減をしている?」


 青い鯱しゃちことランチアは自分の耳を疑い、上空の戦いから目を逸らしてガロウの彼の方を見た。


「お前も槍を極めし者なら判る筈だ。ローダの青いつるぎ、本来ならさっきのいびつな二刀の攻撃で士郎の首を飛ばしていた」


 対してガロウは厳しい顔つきでローダを見るのを決してやめない。これが彼の言う「二度目は………」はの真意しんいである。


「だ、だってアイツは早くこの戦いを終わらせて、彼女ルシアを助けたい筈だろ?」


「それでも出来ねえんだよ………たと偶然ぐうぜんで今まで人を殺めていなかったのだとしても………いやむしろだからこそかなわん」


 いかにも嫌そうな顔つきでガロウは告げる。彼自身、初めて相手の命を絶ったくノ一との戦闘を思い出し、思わず苦笑した。


(果たしてこのアイリスとやらが引き金になるか………とにかく死ぬなよ)


 とにかくジェリドは祈る想いで二刀の剣士ローダ行方ゆくえを追うと決めた。

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