第27話 侍の宣言

 天幕を出たローダとルシアは腕を組みながら、追悼ついとうをしている皆の元へと向かう。 


 少し離れた所に切り倒してきた木を櫓上やぐらじょうに組んで火を点けている連中が見えた。

 恐らく中には遺体が残った者達が火葬かそうのために安置されているのだろう。


「御前達のとうと犠牲ぎせい、決して無駄にはしない」


 決して泣いてなどいない、むしろ誇りを持って送りたい。そんな思いを秘めたプリドールは再び鎧を着ていた。


 一応見送るための正装といったていなのであろう。右拳を握り左胸に当てて、逝ってしまった者達の安らかなる眠りを祈願きがんする。


 リイナは地面にひざをついて両手を握り、彼らの魂が迷うことなく、黄泉よみの国に辿り着けるように祈りの言葉を繰り返している。


 一方、燃えさかる炎をジッと見つめているジェリド。そしてこの中には居ない戦友バルトルトに心の中で精一杯の感謝を伝えた。


 フォルデノ兵が用意してくれた椅子に座り、戦友達との別れの酒をのどに流し込んでいるのはガロウである。


 こんな別れが一体いつまで続くのだろうと思う。酒が不味まずい。


「リイナっ!」


 ルシアは大きな声で可愛いを呼ぶと、ローダから離れて精一杯の早い足どりで向かっていった。


「お、お姉さま!? 大丈夫なんですか?」


 祈りを止めたリイナは、負傷しているを迎えて、空いている椅子を勧める。


「……ルシア、取り込み中に済まないが、ちょっとスマホを貸してくれないか」

「あ、はい、ちょっと待ってね」


 ウエストバッグからルシアは、スマホを取り出すと気軽な様子でローダに渡す。


「えーと……」


 スマホを受け取ったローダは、実にあぶなかっしい手付きで操作し、約束していた相手に通話をする。


「ドゥーウェンさん? そう、僕です、ローダです。すいません連絡が遅れてしまいました……」


「おお、ローダ君! いや、うん大丈夫。見てたから大体の事情は判っているつもりだよ。大変だったね。でもよくぞ勝ってくれました。嗚呼、此方こちらかい? 実は訳あって、粗方あらかた片付いてしまったんだ」


 連絡が遅くなったことを如何にも彼らしくまるで咎人とがびとの様なトーンで話し始めるローダ。


 真逆まぎゃくな明るい声でドゥーウェンは、そのについて説明した。


「………と、いう訳でちょっと予定が狂ってしまったが、僕はベランドナとラオの槍使いに負けて、今、牢屋ろうやの中って事になっています。いやあ、実に苦労したよ」


 とても牢屋に入っているとは思えない活発な声が続く。他人の耳に入れば、どんな罪人なのだろうといぶかしげるかも知れない。


(……ラオの槍使い!?)


 スマホから漏れた声はプリドールの耳にも届いていた。彼女にとっては、会話の相手が罪人などどうでも良い。


「ちょっと、まさか!? ラオの槍使いって!?」


 早速横やりを入れるプリドール。ローダから無造作むぞうさにスマホを取り上げる。


「おっ、副団長プリドール殿っ! 任務御苦労であった!」


 向こうも話す相手の声が変わった。その例の槍使いの声に相違そういなかった。


「な・に・が・御苦労様だ!! ランチア、アンタそっちにいたのかいっ! 本当に身勝手な野郎だよ!! それに牢屋っ!?」


 スマホなんて機械は当然知らないプリドールだが、とにかくランチアの声が聞こえる方に思い切り容赦ようしゃなく怒鳴り散らす。


 その大声にランチアは、耳をふさいでしばらく如何にもやっちまったといった顔をする。

 しかし毎度のことであるらしい台詞をサラリと返すのだ。


「んっ? この砦さあ、牢屋が一番快適なのよ、良く知らんけど。そんな事より、俺の言った通りになんとかしてくれたんだろ? 流石っ! うちの副団長は頼りになるねえ~。いやあ、ホントにいつもながら素晴らしいっ!」


 この「頼りになるねえ……」から後の台詞がランチアの毎度の手である。うんうんと幾度いくども満足度100%で頷くのだ。


「そ、そりゃあ当然よっ! 私は優秀だからなっ!」


 それに対してプリドールは、満更まんざらでもない顔をして頷き返す。


 申し訳なさげにローダからスマホの返却を求められると、慌てて返しながら何度も頭を下げた。


「……と、いう訳だから、エドル攻略とフォルテザの砦、奪還だっかんは達成された。後はこのを大々的に報じるだけです。じゃ、僕は疲れたから眠らせて貰うよ、おやすみ~」


 向こうも再びドゥーウェンに戻ったらしい。彼のこの言葉を最後に通話は、勝手に切られてしまった。


 少し思案しあんした後、ローダはスマホをルシアに返す。ガロウの隣にドカッと座り、ドゥーウェンから聞いた話を耳打ちする。


 ガロウはしたたかに酔ってこそいたが、それでも自分を失う様な酔い方はしない。


 ローダの話に耳をかたむけ頷くと、スッと立ち上がり、火をいている所まで自ら椅子を持ってゆく。


 それを置くとダンッと大袈裟おおげさな音をたてながら上り、胸を張りつつ、スーッと大きく深呼吸をする。


「えーっ、諸君! 聞いてくれっ! 俺はエディン自治区民衆軍のリーダーで、今回の戦いの総指揮を任せられたガロウ・チュウマという者だっ!」


 精一杯大きな声で出来るだけ総員に聞こえる事を意識する。流石普段から示現流じげんりゅうの独特な掛け声「チェーッ!」できたえた喉である。


「何だい何だいやぶからぼうに……」


 急にガロウが偉そうに吠えるのでプリドールは、面倒臭そうな顔をする。


「皆も知っての通り、エディンとラオの連合軍は、このエドル神殿跡攻略戦に勝利した! 尊い犠牲を払ってはしまったが、マーダの最強兵士ヴァロウズの一人を見事に倒し、一人を退しりぞかせる事に成功したっ! これは彼らとの戦いが始まって以来、此方から仕掛けた戦での初勝利だっ!」


「……おおっ!」


 いつになく凛々りりしいガロウの声。皆、その演説口調に暫く耳を傾ける。ローダはエドナ村での指揮者としての彼を知らない。


 しかしルシアから聞いた通り、実にリーダーとしての威厳いげんあふれていることを感じ、興奮している。


 何を隠そう通話の内容を話しに行く時から、ローダはこんな彼を期待していたのだ。


「そしてたった今、エディン自治区最強の砦、フォルテザの奪還に勝利したとの伝言をラオの団長、ランチア殿より受けた! ラオの勇気ある行動に俺は今、心の底から感謝したいっ!」


 これにはラオの生き残りの兵達がざわつく。「団長がそんな大役を果たした?」、 「一人隠密とはそんな事情があったのか!?」、「流石我らの団長だ!」そんな会話の後に彼らは「オオォォォォッ!」と歓喜の声を上げた。


「副団長殿は、この事をご存知だったのですか?」


 興奮そのままにプリドールの近くにいたラオの兵士の一人が問いかける。


「あっ? 嗚呼、勿論さね! 勇猛果敢ゆうもうかかんにドゥーウェンとヴァロウズの黒魔導士フォウを退けたってよ!」


(知らんわ…そんな話。ただの偶然さね)


 取り合えず話を合わせるプリドール。ラオの兵士は「ほまれだ」と、無邪気にはしゃいだ。


「我々は、このエドルの神殿跡を復興ふっこうしフォルテザに続く新たな拠点とする! そしてこれは流石にはかってなどいなかったが、元々マーダの兵士ではなかったフォルデノ王国の兵士達も、我らの味方となる事を約束してくれた!」


「バルトルト兵長のこころざし、この命に代えても必ずやり遂げてみせます。もう、我らが黒い鎧を着ることは、決してないっ!」


 フォルデノ兵士の一人が拳を突き上げて、ガロウの言葉に応じると、他のフォルデノ兵も歓声を上げた。


「この勢いで他の自治区も必ずこの手に取り戻し、マーダ率いる黒の軍勢ネッロ・シグノからこのアドノスを必ず取り返そう!! 俺は今日散っていった仲間達にこれを誓うっ!!」


 ガロウは右拳を上げて、最後に吠えた。それに応じてその場にいたほとんどの戦士達が大きな歓声を上げて応じ、拍手が暫く鳴り止まなかった。


「フゥ…どうだ、これで満足かローダ?」

「実に立派だったぜ。やっぱりここはリーダーに〆て貰わないとな」


 本当に疲れ切った顔をガロウは、ローダ達に向けながら言う。

 これにローダは、親指を立ててガロウを大いに称えた。


「……フッ、実にたいした役者だったよ」


 プリドールは馬鹿にしているのか褒めているのか良く判らない。


「やれやれだぜ、これから戦う度にこんな事すんのかあ? 俺はただの侍だ。こんなのガラじゃねえよ」


 大きな溜め息をつくと、ガロウが再び酒を浴びる様に飲み直し始める。


「どうかな、フォルデノ王国の兵士達が此方側に戻ってきたとなると、マーダの兵は元々の少数精鋭部隊とオークやコボルトしかいない筈だ。こんな大戦にはあまりならん気がするな」


 そんなガロウにジェリドも付き合うことにした。隣に座り、手酌てじゃくで酒をグラスに注ぐと役者のグラスに軽く当てて飲み始める。


「……成程、言われてみれば。いや、あの爺の事だ、あえて大風呂敷おおぶろしきをやるかも知れないぜ」


 ガロウの言葉を聴いたジェリドは、ありうる話だと考え直す。

 自分が率いるフォルデノ騎士軍をイメージして、やりたくないと心底思う。


「まあ確かに結局の所、俺達の敵はマーダと、その残ったヴァロウズが最有力って事か」


「だな、そしてそれを迎え撃つのは、を中心にしたあの若者達だ」


 ジェリドが、いつの間にかグループになっていたローダ、ルシア、リイナ達の方へグラスを向ける。


「その時が来るまで、我らは命を捨ててでも彼らを護らねばならん」

「おいおいジェリド。アイツ等が戦いの中心になるのは認めるしかねえ。だけどな……」


 ジェリドの目を睨みつけるガロウ。ジェリドは無言で彼の次の言葉を待つ。


「俺は騎士が良く言う”命に代えても”って言葉は嫌いだ。俺の生まれた国にも君主を守り抜く負け戦をするときに”捨てがまり”っていう戦法をもちいる。だが俺は死ぬのは御免ごめんだ。……俺は、俺達は、皆、自分のために生きてんだ」


「自分のため…」


「そうだ、だから俺は全部守る。自分も含めてな…。だからお前さんも必ず生き残って、孫を可愛がる爺になるんだ。でなきゃあの世でホーリィーンさんにどやされっぞ」


 そしてガロウは睨み顔を止めて一気に破顔はがんし、ジェリドの背中をバンバンと無遠慮に叩く。


「……そうか、そうだな。判った、誓おう」


 釣られてジェリドも笑顔で顔をくしゃくしゃして、再びガロウと誓いのさかづきを交わすのだった。

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