第26話 マウント

 ジェリドとリイナ、アルベェラータ親娘おやこは犠牲者をともらう役目があると称し………いや、実際にその役目をになうだろうが、ローダとルシア、二人を残して行ってしまった。


「二人だけか……」


 至極しごく当たり前の事をつぶやくローダ。ルシアの事を改めて覗いてみる。

 今はスヤスヤと眠ってはいるが、目を覚ませば骨折の痛みで辛い思いをするのは想像に容易たやすい。


 だが今はそんな可哀想かわいそうなことすら些細ささいなことに感じてしまうとても不謹慎ふきんしんな想いに駆られてしまう。


 薄っぺらい布切れの壁しかないとはいえ、二人きりになった興奮の方が勝る自分に苛立いらだちつつも、どうにもならないのだ。


 ルシアの綺麗な髪、可愛い寝顔、そして息をする度にふくらむ胸元。つい昨夜、フォルテザの砦にて告白したばかりなのだ。


 彼女を抱いた両腕、身体の感触……いかんいかんと首を強く振ってはみるが、良からぬ思いが沸々ふつふつと湧き出て来るのを止められない。


(頭を撫でてみても……良い……だろうか……。良い、よな?)


 撫でられる当人は寝ているのだから、一体誰に許可を取っているのか良く判らない。取り合えずルシアの頭の上にそっと右手を置いてみる。


(嗚呼……良い、とても良い……)


 加えてなるべく優しく頭を撫でてみる。とても髪の毛がサラサラして気持ち良い。先程の戦いで汗とほこりにまみれている筈なのに、何故こんなにも指通りが良いのだろう。


 女性だから? 好きな相手だから? ちょっと良く判らない。


(………ンッ? ンンンッ!?)


 いつの間にか自分の頭が撫でられている事に気づいたルシア。要するに目覚めた訳だ。

 犯人は間違いなくローダだと断定する。けれど目を開いてしまった瞬間にたまたま視線が絡まなかった。


 ルシアは自分でも判らないが、目を閉じて寝ているていを続けることにする。


(ちょっと、気持ち良いかも……)


 あのローダが頭を撫でているのだ。右腕が折れているのは、勿論痛くて仕方がないのだが、それよりも頭の心地良さの方が勝る明らかな勘違かんちがいに酔いしれる。


((………なんだろう、すごく幸せな気分))


 同一の幸せにひたるローダとルシア。しかし此処から二人の別れ道が始まる。


(ずっとこうしてて欲しいかも………)


 この気分に浸っていたいとルシアの方は思った訳だ。しばらく寝たフリを続けていようか思案する。


(ゴクッ………)


 一方、ローダはつばを飲む。彼も正常な男子である。昨夜告白をしてされたのだ。


 もうちょっと何か……と、思うより先に頭を撫でていた手をゆっくりと彼女のほおに流してしまった。


(ひゃっ!?)


 突如標的が変わった事に驚き、ルシアは、思わず身体を震わせ悲鳴を上げてしまった。


 ローダも流石にやばいと感じたのか、咄嗟とっさにその手を離す。起こしてしまったのではないかと、彼女を再び観察する。


(ど、どうしよう………)


 そう思いつつもルシアは再び寝たふりを続けてみる事に決めた。するとどうだ、何やら顔に生暖かい空気を感じるではないか。


(……こ、これはまさか!?)


 これはいけないとルシアは、カッとその目を開く。目の前にはローダの顔、彼もまだ目を閉じていなかったので、とても間近で二人の視線が重なった。


 慌ててそっぽを向いてローダは少し距離を置く。ルシアもドキドキしながら身体を横に向けた。


「痛いっ!」


 その際、身体をよじったせいで折れている右腕に強い痛みが走り、思わず声を出してしまう。


「ご、ごめん! 大丈夫か!?」

「あ、うん、大丈夫。ちょっと驚いただけだから……」


 自分のせいでルシアに痛い思いをさせたのをとても後悔するローダ。

 ルシアは努めて大したことないとアピールしたかったが、流石に痛くて右腕を押さえた。


「ごめん! ホントにごめんっ!」


 そんな痛々しい様子を目の当たりにしたローダは、真面目な顔で深々と頭を下げるのである。


「……もう、まさか怪我して寝ている処を狙うなんて……ちょっとこっち来なさい」

「……え?」

「いいから早くっ!」


 ルシアは痛みに耐えながら、身体をゆっくりと起こすと、左手で拳骨げんこつを握っている。


(あ、殴られる……)


 その左による鉄拳制裁てっけんせいさいを覚悟して、さらにルシアとの距離を詰めた。


「もっとこっちっ! 届かないでしょ! ホラッ!」


 逆らう事なくローダは、さらにルシアに寄ってゆく。ただもう充分隣にいるのだ、これ以上はゼロ距離も同然なのでちょっと不自然さを覚える。


 その後、ルシアの手は確かにローダの頭を捕えたが、殴るのではなく押さえつけて自分の方にグイッと引き寄せる。


「ンンッ!?」


 その不可解ふかかいな動きをローダがさとるのをお構いなしで、唇に柔らかいものが重なっている。ルシアがローダの唇を奪ったのだ。


 ルシアが暫くそのままじっとしていたので、彼も驚きつつも逆らわない。やがてゆっくりとローダの唇から離れたと思いきや、今度は頭を自分の胸に押し付けた。


「んーっ!?」


「どう、驚いた? 昨夜はある意味ダンスの時はやられっぱなしだったからね。その上寝てるとこで奪うなんて、そんなズルは、許さないんだからねっ!」


 まるで弟か、はたまた学校の男子生徒か、とにかく言い逃れは許さないといった様相の相手であるかのように叱りつけた。


ふぁいはい……」

「フゥ………全く……君って人は」


 情けない声で返事するローダ。抱き締めた大好きな頭を眺めつつ、ルシアは溜め息をついた。


(全く……まだ、貴方にマウントは取らせないよ)


 ローダがどんどん頼もしくなっていく。彼女の心は更にかれていくのだが、たった一晩だけ良い感じをせられただけで、ただ彼についてゆくだけの存在に成り下がるは、違うなとルシアは思いたい。


 とにかく気が済むまで抱き締めた後、彼女はローダを解放してやった。やられた相手ローダは顔を真っ赤にして少しうつむく。


(そうそう、それそれ。可愛い可愛い……)


 そんなローダを満足気に眺めているルシアの顔も赤に染まっていた。正直心音も治まらない。しかしルシアは、此処で肝心な事をようやく思い出した。


「い、今更なんだけど、その…あの巨人セッティンって、結局どうなったんだっけ? 私達、勝ったって事で良いんだよね?」


 本当に我ながら間抜まぬけだと思ったルシア。全く別の意味で顔が赤くなりそうだ。


「あ、それは…」


 ローダはリイナが禁呪を使って青銅の巨人セッティンを葬った事、さらに二丁拳銃使いレイとの間に起きた、その後の経緯けいいを説明した。


「……そうか、あのリイナがそんな事を」


 ルシアもこの話は少なからず衝撃しょうげきを受けた。相手が巨人という化物じみた存在とはいえ、恐らくリイナが他人の命をうばったのはこれが初めてに違いない。


(そうか、あの子も本気で戦う道を選んだのね)

「今リイナは、どうしてるの?」


「嗚呼、これから亡くなった人を弔うらしいって話をしたら、それは私が祈りを捧げなければと言って出て行ったよ」


 言いながら視線だけ天幕の外に顔を向けるローダ。そう言えばまきが爆ぜる音と煙の匂いがただよってきた。


「そっか……じゃ、私達も行こうか」


 それを聞いてルシアは、ゆっくりとベッドから立ち上がろうとする。


「いや、大怪我してるんだから今夜は寝た方が……」

「えっ、寝たらまた、やましい事を狙うんじゃないでしょうね?」


 ひたいがくっつく程にローダに顔を寄せたルシアが、ジロリッとにらみつけながら釘を刺す。


「し、しないしない。もう……決してするものか」


 ローダも少しムッとしたのか、あえて視線を外すことなくそれに真っ向から反論した。


(決して……それはそれで微妙なんだよなあ…)


 我儘わがままかつ微妙なルシアの心理。しかし一旦それは置いといて、ローダから離れると普段の顔に戻った。


「冗談よ、怪我なら大丈夫。折れたと言ってもひびが入った位だと思うし、それに………」


「……それに?」


「ホラッ、以前貴方言ってたじゃない。焚火たきびを囲って話がしたいって。それとはだいぶ違うだろうけど。それに生き残った者は、元気で先立った者を見送ってあげるべきだと思うの」


 そう言いながらルシアは、左腕をローダの右腕に絡ませた。そのちょっとあざとい感じは、葬送そうそうに向かう者の意識でやることじゃない。


「ほら、行きましょう」

「あ、ああ判った……」

(いや、腕…密着し過ぎなんだが……)


 怪我人のルシアに気を使ってか、あるいは緊張によるものか。ローダはなるべくゆっくりと歩を進めながら天幕を開く。そして二人は皆の元へと向かって行った。

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