第6話 赤目の狂戦士が撃ち出すもの

 エドナの村は黒の剣士の光の刃アティジルドによって、およそ半分が消失した。

 腕に自信のあったレジスタンスの戦士達は、見せつけれた力の差で絶望に崩れ落ちた。


 魔導と武術を扱い、明るい笑顔で皆を元気にしたルシアの顔からも、その明るさは完全に消えて、美しい頬を涙で濡らす。


 レジスタンスのリーダーであり侍大将サムライマスターであるガロウですら、突きの一撃を繰り出した後、動けなくなってしまった。


 とにかく絶望がこの場を支配した。それ程に黒の剣士マーダの力は人智じんち超越ちょうえつしていたのだ。


「村が半分だけ残っているな、風通しが悪かろう」


 クククッと笑ったマーダは、駄目押しと言える詠唱を始める。


「暗黒神に使えし竜共よ、その爪を……」

「や、やめて!︎︎ もうやめて!︎︎ これ以上はっ!」


 ルシアの悲痛な叫びが詠唱に被るが、当然止める訳がない。


「…我が剣に宿せ『アティジルド』!」


 無情にも魔法は完成した。マーダの両手持ちの大剣グレートソードが再び青白く光り輝く。


 宙高く舞い上がり、村の建物が残った方向へ剣を向けて、先程と同じく天に振りかざすマーダ。相変わらず神を気取った顔をしている。


 そして地獄の鉄槌てっついが如く振り下ろす。もう終わった………。誰もがそう思った次の瞬間であった。


 剣と剣が激しくぶつかり合う音が天から響き渡る。青い刃と赤い刃が重なって、青と赤の光が花火の様に地面に降り注いだ。


 天高く上がった黒の剣士マーダの一撃を止められる者はいなかった筈だ。止められたマーダ本人が最も驚く。


 赤く輝くロングソードで彼の一撃を抑えているのは、若き青年であった。


 上半身だけ青銅の鎧をまとっているが、大した使い手には見えない。


 第一マーダにぶつけようとした剣技は、縦に一回転しながら、ただただ全力体重を載せただけという何とも無駄の多いすきだらけの一撃であった。


 見た目にしてもレジスタンスの戦士達の方が余程頼もしく見える程の頼りなさなのである。

 けれども両目は赤に染まり、瞳孔どうこうが見えないのが不気味であった。


「うがあぁぁぁっ!」


 青年は雄叫びをあげてマーダの刀を押し返そうとするが、それは流石に叶わない。


 マーダが剣にかけた魔法が解けたのか、青白い光はやがて消えて、ただの両手持ちの剣グレートソードに戻ってしまった。


 一方、青年の剣は未だに赤い輝きをやめる気配すらない。


 身体を縦方向に一回転、二回転、三回転と回りながらマーダに向けて連撃を繰り出す青年。


 二回転まではなんとか剣で受けられたが、三回目の攻撃を剣で受けた時に、宙に制止する事かなわず、地面に向けてマーダは弾き飛ばされてしまった。


「クッ!︎︎ 風の精霊よ我に自由の翼を!」


 地面に叩きつけられる直前に、魔法の詠唱を何とか終えたマーダの身体は、再び宙に制止し難を逃れた。


 それにしてもこの上ない不愉快ふゆかいさである。こんな到底とうてい剣技として認められないただの力押しに、こうも好きにやられたのだ。


 加えて上にいる筈の青年が、弾き飛んだマーダを宙を舞いながら追ってきた。マーダの頭上目がけてさらに赤い刃を繰り出そうとする。


めるな小僧ぉ!」


 マーダは頭上に剣を構えて赤い刃を受け流すと、左掌を青年に向かってかざした。


「水の精霊達よ、この者の中で凍てつく刄と化せ!」


 自らの兵士達を一瞬で凍りつかせて氷の刄の塊にしてしまったあの魔法である。

 これで終わりだと言わんばかりに再び冷笑するマーダである。


「ハアっ!」


 対する青年は、魔法の詠唱ではなく、ただ渾身こんしんを以って叫ぶ。すると身体中から炎が噴き出す。なんと自らを燃やしているのだ。


「なっ!?」


 気でも狂ったのかと思うマーダ。もっともこの青年は、出てきた時からどうかしている。


「うぉぉぉぉぉ!」


 全身を燃やした青年は、両拳を握りしめ、ひじを曲げて、胸を張って気合いを振り絞る様な形になると、次はその身体から炎が消えて風が吹き出した。


「ま、まさか、我が魔法を気合だけで相殺そうさいしただと!」


 あせりで手汗をかいている事に気がつき、思わず狼狽うろたえるマーダである。


「この我が焦っている!?︎︎ 馬鹿な、在り得ん事だっ!」


 マーダの顔が憤怒ふんぬを帯びて赤く赤く染まってゆく。加えて青年を激しくにらみつける。

 思えばこの男、常に村を背にした位置で自分と相対している。


(守る?︎︎ この俺と戦いながら村を守るだと!?)

「人間風情がァァ!!︎︎ 神であるこの我に勝つ気でいるのかァァァ!!」


 怒りの大声を上げてマーダは、大剣を振り上げて地面を蹴ると、らしくもない特攻を仕掛ける。


 青年は未だ宙に浮いたまま、少しだけスーッと下がり、マーダとの距離を作るとロングソードをさやに納めてしまった。


(剣を?︎︎ 退く気か?)


 青年の行動に不審ふしんに感じたマーダは、念のための保険を用意すべく小さい声で何かをつぶやく。なれど特攻は止めなかった。


 両腕をマーダに向けて掌を開く青年。すると火薬が爆発する様な音が連続に、そして無数に鳴り響いた。


 その爆音に思わず耳をふさぐルシア、けれども青年が次に何をするのかだけは決して見逃すまいと目を見張った。


 青年の両掌から何かが次々と飛び出した。そえは余りに速く、余りに無数であり、正確な形を見る事は不可能であった。


 いや例え見えたとしても、それが何であるのかを語れる者は、このレジスタンス側にはいない。


 この村には存在しない物なのだから仕方がないのだ。円筒上で先の方が絞り込まれた様にとがっている。それはこの島には存在しないガトリング砲の弾丸であった。


 青年の両手から、雨霰あめあられの様に打ち出される。彼の両手がさながらガトリング砲の様である。それがマーダ1人を目掛けて雨霰あめあられに降り注ぐのだ。


「な、何ぃ!」


 驚愕きょうがくの声を上げつつも、冷静に保険を発動するマーダ。彼と青年の間に小さな竜巻が起こり、マーダの身は後方へ吹き飛んだ。


 彼のかけた保険とは、先程ルシアがレジスタンスの戦士達を自分の剣から守った風の精霊を使った魔法と同質のものだ。


 誰も居なくなった地面に銃弾の雨が降り注ぐ。銃弾は砂地に次々と突き刺さり砂埃すなぼこりが舞う。


 地面で尻餅しりもちを突きながら、マーダは自分に当たっていたであろうその光景を目の当たりにして絶句した。


 たとえ彼であっても、もしあの銃弾に打たれていたとしたら、命すら失っていたかも知れない。


 もっともそれは有り得ないことなのだが、今はまだそれを語る処ではない。


 レジスタンスの戦士達は、ようやく敵が押されている様を見る事が出来た。しかし余りの壮絶そうぜつさに言葉を失っていた。

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