第13話 小さな意志

 ヴァロウズ7番目の巨人セッティンは、相当イライラしていた。


 自分にとっては小動物の様な連中が、周りをウロウロしながら、針を刺す様に攻撃してくる。人間が虫に襲われるのと同じ様な心境なのかもしれない。


 足元にはエディンの兵士達とフォルデノ兵まで現れて、矢を放ってきたり、斧で斬ってきたりと好きに暴れているではないか。実に不愉快になった。


 加えてさらに空を飛ぶ女が現れた。とても美しいのでまるで妖精の様であるが、こいつも敵である。


 羽虫を避ける様にセッティンは、まだ怪我をしていない手で払いのけようとするが、あっさりとかわされてしまう。


 は自分の左膝をめがけて真っ直ぐに飛んで行く。ここで膝蹴りでも当てようものなら、先程の斧使いの二の舞を踏むかと思った。


 しかし膝には分厚い青銅の膝当てがあるのだ。いくら拳闘士といえどその細腕で何が出来るものか。

 攻撃が終わった後に後出しで膝を叩き込んでやる事に決めた。


「土の精霊達よ……」

「「土の精霊?」」


 ルシアの詠唱に驚くセッティンとジェリド。セッティンはこの女拳闘士が風と火の精霊を操る事を得意とすると聞かされていた。


 ジェリドも彼女が土の精霊に呼びかけるのを見るのは始めてだ。


「ダイヤの如き強固な拳を『ディアマンテ』ッ!」


 詠唱直後、彼女の右拳が硬質化し、宝石の様に光輝く。


(いけるっ! これならっ!)


 ルシアは自分の拳を見ながら確信する。その拳を身体に引き寄せてから、自らの体重と自由落下の重力も載せて鋭く打ち下ろす。

 巨人の青銅の左膝当てと、ルシアの拳が激突した。


「な、何ィ!!」


 ルシアの拳が膝当てを破壊し、更に巨人の膝の骨まで砕いた。セッティンはついに地面に片膝をついてしまった。


 さらにルシアは落下を止めて、次は右膝へと飛んで行く。


「や、やめろぉぉ!!!」

「はぁぁぁあっ!!」


 セッティンの右膝に下方から拳を打ち上げる一撃を繰り出すルシア。巨人は左膝のダメージで、右膝も落としかけていたので、これはカウンターの様になった。


 左の膝当ても砕け、膝の骨が折れる音がした。


 セッティンの顔が激痛に歪む。こんな女の拳如きにこれ程の力があるとは。彼は自分の油断を悔いた。


「クッ!?」


 しかし会心の一撃を入れた筈のルシアの顔が苦痛に歪み、地面へと力無く落ちてゆく。ジェリドがなんとか彼女の身体を受け止めた。


「どうした、大丈夫かっ!」


「……ジェリド、ありがと。私の身体が衝撃に負けたみたい……きっとこれ、折れてるわ。自分の力に負けるなんて私もまだまだね」


 ルシアは自分の右腕を押さえながら、この力は使い方を再考する必要があると感じた。


「それから流石に魔法を使い過ぎたみたい。ちょ、ちょっと調子に乗り過ぎた」


 ジェリドの腕の中、肩で息をするルシア。らしくなく悔しそうな顔をしている。


 自分の力不足もだが、ローダのフォローが出来なかった上に、此方でも自分のおごりからミスをしてしまったのが悔しくてならないのだ。


「うむっ、判った。しかし見事だった。これで奴はもう動けまい。後は我等に任せ、下がっているが良い」


 ジェリドは優しくも頼もしい声で美しい拳闘士を称えた。


「ご、ごめん………」


 そう告げてルシアは気を失った。ジェリドは一旦後方へ引き、リイナの所にルシアを運ぶと、「頼む」と言って戦列に戻っていった。


 両膝の力を失ったセッティン。だが片膝をついただけで、倒れる事だけは精神力で抑えていた。


(流石ヴァロウズの一人、ただの巨人ではないといったところか)


 巨人の胆力にジェリドは、驚かずにいられなかった。


「クソッ! お前達、俺をただの巨人族だと思うなよっ!」


 まるでジェリドの考えを見透かした様な事をセッティンは怒り声で言った。


(な、なんだと!? 本当にまだ何かあると言うのか!?)


 セッティンの「ただの巨人族……」という言葉に、ジェリドは戦慄せずにいられない。他の生き残った兵士達も勢いが止まってしまった。


「いいか? 勝ち誇った気になっているお前らをこれから一気に地獄に叩き落としてやるぞ! せいぜい絶望するんだなっ!」


 セッティンはそう言うと、両手で宙に何かの印を描く様な動きを始めた。


暗黒神ヴァイロの足っ! 神の足っ! その一歩で全てを踏み潰せっ!」


 既に勝利を確信した顔でセッティンは、詠唱を始める。


「な、なんだとーッ?」

彼奴あやつ、魔法が使えるというのか?」


 プリドールとジェリドは巨人の奥の手に驚きが隠せない。魔法を操る知能の高い巨人なんて聞いた事がないのだ。


「さあ、受けるがいい。『神之枷ディオカテナ』!」


 セッティンは、両手で作った印を少し下ろした。巨人の魔法は完成したらしい。


 けれど炎も嵐も雷鳴も無い。これはなんだ? と、一瞬考える時間があった後、それは目には見えない形で現れた。


「う、うわぁぁあ!!」

「グハッ!!」

「か、身体が……つ、潰されるっ!」


 セッティンの周りにいた者達全てが悲鳴を上げ始める。地面に這いつくばって動けない。まるで巨人の足に踏み潰されるような圧力を全身に感じた。


「こ、これはもしや!? 重力っ!?」


 ジェリドも這いつくばりながらこの謎の力の正体と思える事を発言する。


「ほう…一人頭のいい奴がいるな。その通りだ、これは重力。普段からお前達を地面に抑えている力だ。俺がこの両手の印を下げてゆくとお前達を押さえつける重力が、どんどん強くなってゆく…」


 巨人は、自らの力を丁寧に説明し始めた。この力を使って負けは有り得ないとやはり思っているらしい。


「この魔法は使い手の押す力を何倍にも増幅するのだ。よって巨体を誇る俺様にしかこれほどの威力は出せない。俺にこの力を使わせた事を褒めてやるぞ人間!」


 そう告げるとセッティンは、両手をゆっくりと下ろしてゆく。それに呼応して周囲を押し潰す重力も強くなってゆく。


「ほれ、どうだ? さぞ苦しかろう。お前達には散々な目にあったからな。ゆっくりと時間をかけて潰してやるぞ」


 冷笑しながらさらに少しづつ両手を下げていくセッティン。


「クッソォォォオ! こ、こんな! こんな処で団長ランチアから預かった大事なあいつ等を!!」


 この状況、プリドールはその力よりも、己の無念に耐え切れず涙を流す。


「おぉ、実にいい声だ。お前達のそういう声が聞きたかったぞ、ホレ、もっと苦しめ、いい声で泣け」


 人間達の阿鼻叫喚をセッティンは、実に楽し気な顔で聞いている。あくまでも自分は貴様達より圧倒的に上位種であることを誇示しているらしい。


「こ、此処までだと言うのか!?」


 自分の歯が割れんばかりにジェリドは歯軋はぎしりする。が、そう言えばリイナは、娘はどうしたと思った。


「巨人よっ! 貴方の相手はこの私よっ!」

(やはり、最早を使う以外に残された選択肢はない)


 リイナは小さな身体で堂々と立ち、精一杯の声を出した。その目には揺るぎない覚悟があった。

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