第12話 青銅の巨人

 プリドール率いるラオの兵士達は、まだ残っているジャベリンを巨人『セッティン』の顔を目掛けて投げ込んでいた。顔は鎧に覆われていなかったからだ。


 しかしほぼ真上とも言える位置へ槍を投げ込むのは至難の業で、大抵は届かないか、仮に届いても巨人の顔に少しの傷を残すだけに留まった。


 そんな彼等にセッティンは、容赦のない棍棒の一撃を振り下ろす。それは絶望的な一撃とラオの兵士達には思えた。


 何とか馬術を駆使してかわすが、あれに潰される自らの未来を想像してしまう。


「違うっ! ラオの勇敢なる騎士達よっ! 狙うのはココだっ!」


 戦斧の騎士ジェリドは、自分の足、特に膝から下を指しながら力強く主張する。


「まず、奴の脚を止めるのだっ! あの巨体を支える脚、それが奴の弱点だっ!」

「し、しかし騎士殿…一体どうやってそれを…」


 赤い鯱ことプリドールは、この騎士も出来る男である事を悟り、彼の言葉を聞くことにした。けれどもその声に彼女最大の武器と言える勢いがない。


 ジェリドは、一騎の馬を拝借すると、ラオの兵士達と同様に馬上の騎士となった。


「それは貴女達が一番得意とするです」


 ジェリドはそう言ってニッと笑った。その言葉にプリドールは、目が覚める思いがした。


「一同! 横へ一列に並べぇぇ! 全員で突貫をやるんだよッ! 急げぇー!!」


 慌てていた兵士達だがプリドールの声に、オオーッと叫びながら横一列に並んだ。


「リイナっ! 頼むっ!」

女神エディウスよ! この勇ましき者達に貴女の祝福ベネディオネを!」


 ジェリドに頼まれるまでもなくリイナは、祝福の奇跡をラオの兵士達へ贈った。


「おおっ!」

「これは! 闘志がみなぎってくる!」


 ラオの兵士達は、小さな司祭リイナの奇跡の御業に心から感動した。


「さあ! 行くぞ勇者達! 相手はただのデカいだけの人間だ! 何も恐れる事はない!」


 そんな最中、ジェリドとプリドールは列の真ん中に陣取る。副団長プリドールのこの位置取りは理解出来るが、ジェリドが彼等と共同戦線を張るのは初めての試み。


 それにも関わらず、彼の勇敢な振舞いは、ラオの連中に最大の好意で迎えられた。


「かかれーーーっ!!」


 プリドールが巨人へ向かって手を振ると騎士達は、己のランスを握り、叫びながら突貫を開始した。


 セッティンは、棍棒を振り下ろすが、相手がばらけたため、狙いが定まらない。


「巨人よ!! 狙うなら俺を狙え!!」

「あ? お、お前、俺を馬鹿にしてるのか?」


 セッティンは、小さい人間無謀な斧の騎士の威嚇に腹を立てた。ジェリドに向かって銅の棍棒を振り降ろす。


「馬鹿め、待っていたぞっ! この時を!」

(な、何をする気だ!? あの騎士は!?)


 ジェリドは馬に鞭打ってその攻撃に敢えて合わせて飛び込んでゆく。

 それはプリドールにとって、余りに無謀な行為に思えた。


「くらえっ! 我が渾身の一撃を! バルトルトの無念も載せるぞぉぉ!」


 ジェリドが向かったのは巨人の棍棒ではなく、それを握った拳である。棍棒と共に振り下ろされる拳へ向けて、戦斧を渾身を込めて振り上げた。


 巨大な拳と戦斧がぶつかり合う轟音が反響する。


 ジェリドの戦斧の一撃は、壮絶なカウンターとなって、セッティンの拳を切り裂いた。ジェリドの全身が巨人の返り血にまみれて真紅に染まる。


「ぐっぐわああ、手がああ、おれの手があ!!」

「す、凄いっ! あの騎士!」


(確かにあの様にすれば、最大の破壊力を得る。だがあの巨人の棍棒をかいくぐり、そこへ渾身を叩き込む胆力!)


 その痛みと驚きに、セッティンは棍棒を落としてしまった。その結果にプリドールの騎士としての意識が高揚する。


「いいね、いいねぇ~!! 今日は良い男が揃っているじゃないか! 私も負けてられんっ! くれてやるぞ、その汚い足に我の美しい一撃くれてやるわッ!!」


 赤いシャチは巨人の左足の親指めがけて突貫する。見事、彼女のランスは巨人の青銅の靴を破壊し、親指を貫いた。


「い、いてぇぇえ!」


 セッティンは腹を立てて、もう一方の拳を叩き込んだが、プリドールは、それをひらりとかわす。


「どうだ、騎士殿っ!」

「見事っ!」


 まるで勝利を得た態度でプリドールは、勇敢なる斧の騎士ジェリドの方を見る。

 己の勇猛も見て欲しいが、その笑顔には褒めて欲しいという女の側面も現れている。


 そんなプリドールの事情を判っているのか、ジェリドは拳を上げて女騎士を賞賛した。


「お、お前等っ! 調子に乗るなよっ!」


 セッティンは素早く右足を動かしラオの騎士達を踏み潰した。グシャ! と嫌な音がして、三騎がその犠牲になった。


 なれどセッティンは、右足の激痛に呻き声をあげた。右足から3本のランスが突き出していた。


 逃げられんと悟った三騎の騎士達は、決死でランスを上方へ突き出していたのだ。誠に見事な死に様である。


「お、お前達っ!!」


 プリドールは涙が溢れそうになるのを必死に堪えた。ジェリドはその勇敢なる魂に敬意を払った。


 そんな壮絶なタイミングにルシアが飛んで現れた。空から戦況を眺める。

 巨人も攻撃を受けてはいるものの、地面には人の死に様と受け入れがたい残酷な死骸が転がっていた。


 ルシアは暫し両目を閉じて黙祷もくとうを捧げた。


「ジェリド! 無事で良かった!」

「おおっ! ルシア! 其方レイはもういいのか?」


 上空の女拳闘士に笑顔を送りながら状況を伺うジェリド。


「向こうは、ローダが一人で相手をしている。誰にもよ…」


 それに対しルシアは、少し寂しげな顔をして応じた。自分は大好きな彼の力に成れないから此方へ来た。そんな気分が伺い知れる。


(なんと!? 彼は自らの意志でをしているというのか。あの銀髪の女拳銃女は、彼の封印を開くに値する人物なのか!?)


「わ、判った。ルシア、お前は我々の手の届かない所へ攻撃をしてくれっ! 先ずはこいつの両膝から潰して欲しいっ! いけるか?」


 ルシアの複雑な心情を察しつつもジェリドは、目の前の敵を全力で相手にして欲しいことを大声で伝えた。敵の巨人にも聞こえてしまうが、お構いなしだ。


「出来るかじゃないっ! やるしかないでしょっ! 今はっ!」


 それにルシアも大声で応じた。声を出せば自然と吹っ切れるというものだ。


(さあ、やれるかしらね。私の新技………)


 やるしかない、それは重々承知のルシア。しかし初めての試みが上手くいくかは、流石に未知数である。

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