ローダ『最初の扉を開く青年』

🗡🐺狼駄(ろうだ)@ともあき

プロローグ『扉』

『扉』


 人は皆、それぞれ心の内に扉を持っている。


 その形状は、実に人の数だけ存在する。

 

 ろくに鍵もかけずに開けっ放しにしている者。

 

 鋼の様に頑強がんきょうで、決して開こうとしない者。


 中には、牢屋の様な鉄格子てつごうしで、外から開けて貰うのを待っているくせに、誰の目にもその心がけて見えてしまうという、実に特殊とくしゅな物も存在する。


 しかも人はさらに自分の中に扉を増やしてゆく。

 

 別れた恋人との思い出を封じ込めた部屋の扉。

 

 自らのけじめをつけるべく、これまでの思い出を詰め込んで、鍵をかけた部屋の扉。


 だが時にそんな部屋の扉を開け放ち、思い返してみたりする。


 どんな形であれ、人は自分を保ち、時には誰かに打ち明けるために、ただの壁ではなく、そこに扉を造るのだ。


 これは神が人間という実にうつろな生き物を創造した時から存在する。


 この物語は無謀むぼうにも神に異を唱え、その扉を壊そうとした、とある老人の奇想天外きそうてんがいな人生と、しくもその老人の夢を叶える役目をになう青年。


 さらにその仲間達による冒険譚ぼうけんたんである。


 ◇


 とある王国の城内にある兵舎。時は深夜、日付が変わって既に2時間が過ぎている。

 兵舎の中のほとんどの兵達は、夢の中であった。


 その建物の裏側で息を殺しながら時を待つ、頭から黒いローブを羽織はおった女がいた。


 顔を隠せてはいるものの、白いんだ顔と美しい足だけは隠せない。


 時を待つ者は、他にも城壁の通路に二人。一人は女と同様に黒いローブでひそんでいたが、剣のつかさやが少々目立っている。


 もう一人は身体が大き過ぎて、およそ隠密おんみつには向かない。取り合えず、見張りの兵士から死角になる所で、ふんぞり返っていた。


 そして城内の庭園の真ん中には、両手持ちの大剣グレートソードを地面に突き刺し、不敵な笑みを浮かべ、漆黒しっこくの鎧をまとった剣士が堂々と立っていた。


 その後ろには立派な庭木が二本、植えられている。

 左の木の裏には顔色まで漆黒の男。特徴的な耳がローブからはみ出している。


 右の木の裏側にはローブを羽織はおらず、銀色の髪をさらしている者がいた。


 隠れるなんて意味ねぇよと言わんばかりの態度である。


 黒い剣士がグレートソードを高々と掲げる。刀身が月の明かりであやしげに輝いた。


 時は来た。兵舎の裏側では、轟音ごうおんと共に火球が爆発した。兵舎は見るも無惨むざんな姿と化した。中にいた者達の生死は考える迄もないであろう。


 城壁の通路にいた剣士はローブを脱ぎ捨てて、一目散に見張りの兵士に駆け寄り抜刀した。見張りの兵士は、声も出せずに首と胴が泣き別れた。


 もう一人の戦士は待ちかねた! とばかりに跳躍して見張り小屋の上から飛び蹴りをいれた。


 当然小屋が壊れる激しい音が辺りに響く。中にいた兵士二人は、叫ぶ間もなく戦士の拳で頭を吹き飛ばされて絶命した。


 黒い男はその目から赤い光線を全周囲に放った。当たるもの全てに風穴を空けた。


 右の木に隠れていた者は背負っていたボウガンを構えて、即座に鉄球を放った。鉄球は、赤い光線が穿うがった穴を容易にすり抜ける。


 そして寝所でワインを飲んでいた王の眉間みけんを見事に撃ち抜いた。


 黒い漆黒の夜の中、おぞましい『闇』の進撃が始まった。


 ◇


 木こりの町は、黒いよそおいの連中の襲撃を受けていた。ゴブリンもコボルトもオークも、そしてそれらを従えている剣士と戦士も黒い格好をしている。


 ゴブリン達が町の至る所に火を放つ。


 町の戦士達、大抵の得物は斧であった。それは武器というより、普段の仕事道具木こり道具を持ち出した感じである。


 山の男らしく屈強くっきょうな者が多く、ゴブリンやコボルト達を蹴散けちらしていく。


 白い司祭姿の少女が神に祈りを捧げると、戦士達の身体が光を帯びた。力や心が高揚こうようする祝福の奇跡だ。


 なれどそんな強き男達に飛びかかる背の低い剣士。彼は男達の首やら腕やらを両断しながら、しかも彼らの身体を踏み台にして次々と墜としていく。


 身体が小さい上に童顔どうがんなので、まるで子供に大人が、殺されていくような異様さがあった。


 一方、白い鎧と、槍の様に柄の長い斧を持った中年の男は、屈強な女戦士を相手にしていた。


 女戦士は武器と言える得物を持ってはいなかった。けれどその拳は、身を隠そうとする石の壁を難なく粉砕ふんさいし、その蹴りはとても鋭く、仲間の男達は、頭や肩を潰されていくのであった。


 ◇


 髭面ひげづらの男は、およそ2000の軍勢の中にいた。此方は山の斜面の上に陣を構えている。よって遠くまで良く見渡せる。


 此方に迫ってくる黒い塊の敵は、こちらの10分の1にも満たない程の少数にしか見えなかった。


 だが悠々ゆうゆうと向かってくるのが、とても不気味に思えた。


 その中でも特に陣の中央で、黒い馬にまたがる剣士が放つ、戦に熟れた者には判る異臭に満ちあふれていた。


 髭面の男は思う。こいつはやべぇかも知れねぇ……。


 ◇


 若い女は一人きり森の中で、武道の型をひたすらに続けていた。


 その美しい容姿ようしから繰り出すものとは到底思えない鋭さと、だからこそ飛び散る汗すら美しいと感じる異彩いさいさを放っていた。


 その型は実に多彩で、中には飛び膝蹴りや、後方への回し蹴りといった派手な動きも存在した。


 深い緑の中で美しい女性が舞うがごときそのさまは、実に華麗かれいでこの世で一番美しいとされる亜人「ハイエルフ」と見間違う者もいるかもしれない。


 ひとしきりの型を終えて小川に足を浸し疲れをいやしていると、1羽のカワセミが彼女の肩の上に安らぎを望んだ。


 綺麗きれいな鳥とたわむれる森の女性。まるで一枚の絵画の様であった。


 ◇


 青年は養父に何度もびた。養母はしきりに心配したが、決心は変わらない事を伝え、やはり結局こうべれるしかなかった。


 青銅の鎧、兄の残した古びた片手持ちの剣ロングソードを腰に差し、そして小柄こがらなリュックを背負っている。


 彼の住む城下町は相変わらずのにぎわいであるが、今日自分は、この喧噪けんそうを後にするのだ。


 ふと店のガラスに映った姿と目が合った。自分でいうのも悲しいが、何だか頼りないなあと思ってしまう。


 今ならまだ引き返せる、そんな弱気に引っ張られそうになる。だけど街を出てしまいさえすれば、諦めもつくだろう。


 けれど彼にとって失われた兄は、決して諦めきれない存在なのだ。いつになるかさだかでないが、必ず兄と共に再びこの街に…父と母の元へ戻ろう。


 青年は誓いを立てて、足早に住み慣れた街を後にした。

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