第8話 洞窟の賢者

 ルシアは構わず、地面のない宙へ歩みを進めた。そして何事もなかったかのように谷を渡り切って、絶壁の穴へと消えた。


 ガロウも続き、成程と言いながら、ジェリドも続いた。リイナはローダに、おいでおいでと手招きして、自身も穴に消えていった。


 ローダも仕方なく、おっかなびっくり谷へ慎重に足を延ばしてみると、何も見えはしないが、確かにそこには足場があった。


 慌てながら彼も皆の後を追って、絶壁の穴へと消えると、穴は勝手に閉じていった。


 中は当然真っ暗……と思いきや、勝手に等間隔に並んだ灯りが、入り口から順序よく灯ってゆく。ローダは思わずヒッと悲鳴をあげた。


「これは……」


 ジェリドが、灯りの不自然さに気づき、ひとつを観察した。


「『デンキ』っていう力で点く『デンキュウ』っていうらしいぜ、爺の趣味だ」


 ガロウは答えたが、「どうなってるのかは聞くな、知らん」と続けた。


「こんな便利な物があるのなら、うちの町にも分けて欲しいものだ。あの要塞フォルテザには、同じ物があるのだろ?」


 ヤレヤレ、エディンはズルいとジェリドは思う。


「これも爺の受け売りだが、消費するエネルギーには、限度ってもんがあるらしい。使い過ぎは良くねえらしいよ」


「当然のことわりです。生き物と同じ。何事にも終わりというものがあります。それにもし、こんな力が私の町にあったなら、木こり達は日が沈んでも働き続けることになりますよ」


 リイナがガロウの後を勝手に続けた。


「だ、そうだ」


 そうガロウが締めくくると、奥から少々乱暴な声が聞こえてきた。


「遅いっ、待ちかねたぞ」


 この洞窟の主、サイガン・ロットレンの声である。老人という割には、良く通る血気盛んな声である。


「うるせえ! ご挨拶だな、どうせ俺達の事、そこから見てたんだろうがっ」


 クソッと吐き捨てると、ガロウは首を前へ振って、「行こうぜ」と合図した。


 通路の奥に洞窟の主の部屋があった。大人一人には少しばかり広いかも知れないが、計6名となると、流石にちょっと狭かった。


 岩を平らに削ったテーブルと木製の椅子が4人分並んでいたが、主は譲る気はないらしいし、当然足りない。


 ガロウとルシアは、残りの三人に席を譲ろうとしたが、ローダはこれを拒んだので、リイナとジェリドとルシアが座り、ガロウは勝手に老人のベッドに座った。

 ローダは一人、入口隅の壁に寄り掛かった。


 サイガン・ロットレン。髪は全て白髪で、伸ばしっぱなしのものを全部後ろに束ねている。


 顔には老人らしく深いしわが刻まれてはいたが、眼光は鋭く衰えを感じさせない。


 老人という割に、背筋は折れることなく真っ直ぐで、身長もガロウと同じ位あるのではないかと思える。


 全身を黒いスーツで包み、茶色のベストを着て赤いネクタイを首元まで、しっかりと絞めていた。目の不自由はないらしく、眼鏡はかけていない。


 こんな山奥の洞窟に身を潜めつつも、アドノス島最強と名高いエディン自治区民衆軍の総指揮を取り、尚且つアドノス島全土にその有能さが知れている。別称『洞窟の賢者』


 まさに捻りのない別称なのだが、知ってはいてもその姿を見た事はない。そういう意味も込められていた。


「……彼がそうか」


 サイガンは部屋の隅で背中を丸めている青年を、値踏みするかの如く観察した。


 基本低姿勢のローダだが、老人のあからさまに此方を見下してる態度に、少し不満を感じる。


「白々しい事、言ってんじゃねえよ。どうせ既に遠目の術とやらで全部見ていたんだろうが」


 文句を吐き捨ててガロウは、ベッドの上でふんぞり返った。


(全部見てた?)


 ここに来てから判らない事だらけローダ。最早首を傾げるのも面倒な程である。


「まあ、そう言うな。確かに感じてはいたが、この目で見る情報とは比較にならん。私は神のように万能ではないのだ。あ、ルシアよ。そこの棚に珈琲と菓子があるから、すまんが、振舞ってやってくれ」


 サイガンは孫娘ルシアにそう言って促した。

 適当に返事してカップを準備しようとルシアであったが、まあ想像通り足りない。


 しかし慌てる事なく足りない分を、自分達のリュックから取り出した。


「で、どうなのですか? ロットレン殿。貴方のその目で何か判りそうですか?」


 ジェリドは年長者らしく冷静かつ丁寧である。


「……そう急かすでない。これからそれを見極めるのだ」


 ローダにこちらに来る様に手招きをしたサイガン。

 ローダがゆっくりと近づくと、「そこだ、そこで良い」と老人が要求するので立ち止まった。


 ローダの頭に右手をかざすサイガン。改めて二人並ぶと身長差はあまりない。手から柔らかい光が現れ、ローダの頭を照らす。


 そしてその手を動かすとローダの肩、腕、手、といった具合にくまなく光を当ててスキャンしてゆく。


 その様子を見ながら光の正体が判別出来ずにいるリイナ。精霊の類でもなければ、神の奇跡でもなさそうだ。


 しかもチャクラの様な気の気配すら感じない。博学の彼女でもこの老人がしている事に見当がつかないのである。


 色々と考えを巡らしたが、すぐにそんなものは消し飛ぶ羽目になる。


「ローダさん?」


 ローダの異変が、リイナの老人を計る気持ちを吹き飛ばした。


「おっ、おいっ! これってまさか!」

(まさかこいつ、爺の力に反応したのかっ!)


 ベッドを蹴って即座に立ち上がるガロウ。早速恐れていたことが現実になる戦慄を感じ、冷や汗をかく。


(これが、ガロウのいう彼の真の力なのか? しかしなんだこれは……殺気をまるで感じぬ)


 それはジェリドが想像していたものは、少し違っていた様だ。


 ローダの目が炎の様に真っ赤になっていく。そしてサイガンを睨みつける。


 髪の色や爪の色まで赤に染まっていく。彼はとうとう剣を抜いた。その刀身も真っ赤に染まっている。


 今にも老人に襲いかかりそうな雰囲気である。


(いや、そうではない。こやつ、私の奥に眠る扉を見つけたというのか、私の扉へのコンタクトを試みようとしている)


 サイガンは右手を再びローダの頭上に戻した。


「封ッ!」


 力強い声で言い放つ。右手から出ていた柔らかな光は消えて、代わりにとても攻撃的な強い光が発せられる。


 それはやがて帯の様な形になり、ローダの周りをぐるりと渦上に覆った。


「ちょっとっ! ローダをどうする気!?」

「安心しろ、お前達はその場で見ているだけで良い」


 その異様さにローダの身を案じる言葉をサイガンに投げつけるルシアである。


 そう言っている割には、サイガンの顔にあまり余裕はなかった。そして左掌を広げると、ピアノの鍵盤を叩く様な仕草をする。


 左手の下には何もないのだが、指が宙を叩く度に小さな光が弾けて消えた。


(さあ、出番だぞ。役に立って見せろ、二番目の男!)

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