3分で読める短編集【記憶を売った男】
@water1summer
幸福な贈り物
とある夏の日の午後、私の元に宅配便が届いた。
そこに差出人の表記はなく、また何かを頼んだ覚えもなかった私は、好奇心からその荷物を開封した。
なんと、それは以前応募したラジオ番組の懸賞品であった。どうせ当たる筈などないと思っていたが、人生たまには良いことも起きるものだ。
それはどうやら相当な価値のありそうな革靴で、照りのある滑らかな表面や、無駄はないがシンプルすぎないシャープなデザインが私好みで、それにサイズも私の足に丁度良かった。
翌朝、仕事へ向かう私の足には早速その革靴が履かれていた。
やはり質の高い物を身につけると気持ちも高まるもので、寝起きが悪い私にしては珍しく、朝から気分は爽快だった。
軽い足取りで普段より数分早く駅に到着し、ホームで電車を待っていると、何やら足下に違和感がある。
どうも足がむず痒い。
靴の中に入り込んだ虫が蠢いているかのような感覚がある。
いてもたってもいられなくなり靴を脱ごうとするが、その際にバランスを崩し線路に落下してしまった。
あまりに唐突のことで受け身を取れず、全身が痛み立ち上がることができない。
必死に声を出して助けを呼んだところ、偶然近くにいた男性に引き揚げてもらうことができた。
なんとか一命を取り留めたが、全身を強く打ってしまいそのまま病院へ行くことになった。
「これは相当強く打ちましたな、幸いにも骨に異常はないようなので鎮痛剤だけ出しておきましょう」
骨折などしていて入院することになればどうしようかと思っていた私はほっとして、処方された鎮痛剤を飲んで会社へと向かった。
ところがこの鎮痛剤が体に合わなかったのか、強烈な眠気に襲われ仕事の最中にも関わらず眠ってしまった。
運が悪いことに、今日は同僚達からも嫌われている課長が気まぐれで出社してきており、朝からこってり絞られてしまった。
「お前が居眠りなんて珍しいな、これ飲めよ」
気の利く同僚が気を利かせて買ってきてくれたコーヒーを飲むと、温度が合わなかったのか腹を下してしまった。
その後、別の同僚に近くのバーのチケットが余ったと言われ受け取るも、そのバーで酔っ払いに絡まれて顔を殴られてしまう。
おまけには店員がお詫びとして持ってきたワインを零され、革靴がアルコール臭くなる始末だ。
これはどうも嫌な予感がする。
私はその夜、妻に今日一日のことを話した。
妻は「まあ」だの「それは災難ね」といったそれらしい相槌をしたあと、ふと珍しくご機嫌な声色で話しかけてきた。
「ねえ、あなたちょっと疲れてるのよ。仕事熱心なのは構わないけど、たまにはリフレッシュしなくちゃ」
それで解決するような話とも思えなかったが、それは何か考えがあるような話しぶりだった。
「確かに最近は家にいる時間も少なかったな」
「でしょ?そこで、そんなあなたに良い話があるの。今度A市の川で花火が上がるんですって」
「花火か。この時期だとそう珍しくもないだろう、毎日のようにどこかしらでやってるさ」
「それがただの花火じゃないのよ、ヘリコプターで上空から花火を見下ろせるらしいの!絶対綺麗よ」
妻と結婚してもう5年近く経つが、そういえばここの所ずっと仕事ばかりでろくに出掛けたりなんてしていなかったか。
「ああ、行こうか」
──
「本日はよくお越し下さいました。ではこちらへどうぞ」
皺ひとつないスーツを着た綺麗な女性が、ご丁寧にヘリの中へと誘導してくれる。
流石、予約にかなりの金が掛かっただけはあるな、と妻と静かに笑う。
「本日はよろしくお願いいたします。お二人の素敵な思い出となるよう、精一杯努めさせて頂きます」
随分この道が長いと思われる貫禄を持った操縦士が挨拶をしてくれる。
横では妻が柄にもなくはしゃいでいる。
「それでは、出発致します」
夜景が煌めく夜の空へ、ヘリコプターが上昇していく。
今からここに花火が上がるというのだから、私もつい心が躍ってしまう。
「あ、そうそう」
そこで操縦士が何か勿体ぶったような様子で口を開く。
「実はこのクルージングにお越しになられるお客様、あなた方で丁度100人目なんですよ」
「そこで、お二人には特別な夜景をプレゼントさせていただきます」
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