太陽は書庫で自分と対面する
いつきのひと
太陽は書庫で自分と対面する
悪い事をすると、書庫に閉じ込められるようになりました。
お父様とお母様は、わたしが悪いことをするとこの部屋に夕飯まで居るようにと言いました。
お二方は、薄暗く、誰もいない場所に独りでいることが恐いという感情に結びついているようです。
それがわたしにはわかりません。独りの何がいけないのでしょうか。
寝る場所が無い? 作ればいい。食べるものが無い? 探せばいい。作ればいい。
自分ができない事があるのなら、できるように学べばいい努力すればいい。わからなければわかるように勉強すればいい。
自分自身を何もできない無能であると決めつけるのがいけないのです。
わたしはこの書庫に閉じ込められてから、本が読めるようになりました。誰かに教わらずとも、文字の形と発音と、それらを繋ぎ合わせた言語を自力で学習することができました。上手く扱う為には、書き取りもできるようにならないといけませんが、それはいずれ学校という物に行くときになったらやりましょう。
普段は入らせてくれないので、悪い事の後の書庫はわたしの楽しみでした。
「ご利用ありがとうございます。こちら、願望達成サービスにございます。」
いつものように本を読み漁っていて、言葉を扱う練習にと中身を音読していた時に、その男性は現れました。
木の枝のように細長い身体に、見た事も無い服を身に着けています。外国の人のようでいて、わたしがわかる言葉でお話できています。何者なんでしょう。
「既に利用約款はお読みになられているかとは存じ上げますが、念のためにサービス内容をご説明します。」
自分で口にした言葉の意味をよくわからないままでいたので、それは助かります。
人間の魂を対価として願いを三つまで叶えることができるのが、この願望達成サービスという物なんだそうです。
「願いは何でも構いません。地位でも、財産でも、不老不死でも。三つ目の願いを叶えた時点で契約満了となり魂にて精算していただきます。」
上手い話には裏があるという話が掲載されている本を読んでいたのを思い出します。
そんなものはどこにもない。求めず欲さず慎ましく生きよという先人の教え。痛いしっぺ返しをくらい、命を落としたり、借金まみれで喘ぐことになったり、改心して真面目に働くようになったりする数多の失敗談は面白おかしく楽しませてもらいました。
なんだ、嘘じゃないか。上手い話がここにあったぞ。
試用版は無いとのことなので、一つ目の願いでは、なんとなくで魂を二つにしてもらいました。
ひとつの身体を共有し、わたしが眠っているときに目覚めるもう一人の自分がここに誕生しました。
分裂ではなくわたしをコピーしたものです。相手も容量は一人前。好奇心で願ったのでどうなるのか想像もつきませんでしたが、想像以上に何もありませんでした。頭の中に声が響くなど、せめてリアルタイムで意思疎通ができれば二人で一人ということで交代制の丸一日二十四時間寝ずの生活ができたのかもしれません。伝言などはメモを残す等工夫が必要になりそうです。
一つ目を試用版として使ったので、二つ目に本命を持って来ました。
サービス内容にある何でもできるという夢のような力を頂きました。魔法のような力なので、魔法と呼びましょう。
本来は大勢の人の魂を対価に起こす奇跡。他の物では代わりにはならないと一旦は断られましたが、わたし自身の使っていない何らかの力を用いて魔法を成立させました。彼もこの願いが成就できたことには驚いている様子。
解答を先送りにする願いはカウントされないということなので、最後の願いを言うのは待って貰いました。
今すぐでも良かったのですが、外から迎えが来てしまったのです。
それからも色々と怒られながら夕食をとり、いつも通り自分の部屋で寝ていたはずなのですが、目が覚めると、わたしは書庫で寝転がっていました。
魂が増えて産まれたもう一人が知らぬうちに悪さをしていたらしいです。身体のあちこちが痛い。気絶するほど激しく体罰を受けたようです。ああ痛い、これはたまらない。でもわたしにはなんでも願いを叶える魔法がある。痛みは取ってしまおう。
「三つ目の願いはお決まりでしょうか?」
わたし自身は何も考えていませんでしたが、彼が望んでいるものは理解できました。
見るに堪えない家庭内暴力を見れば、この家を焼き払い、一族諸共全て滅ぼしてしまうことを望んでいるように思えたのでしょう。
三つ目を叶えて魂を明け渡す前に確認することがありました。
それは、増えた魂のどちらを持っていくのかという疑問。
「契約者様ご自身の魂となります。」
魂は一つ。でも、今わたしには二つ存在している。片方にわたしの意識は存在していない。つまり、両方なのかどうか。
「一つ頂ければ結構でございますが、先に契約を為されたあなた様自身が優先されます。」
わたしが願って手にした、願いを形にする魔法が持ち逃げされるようで癪に障ります。しかもまだやりたいことがひとつもできていません。あと数日待ってほしい気もしますが、いつまでも手を煩わせるわけにもいきません。
考えてはみましたが、すぐには思いつかない。
「では、三つめはもう一人のわたしに譲ります。」
せっかく誕生できたのに、自由を満喫する前に理不尽に暴力を受け何一つ願いを叶えられぬままこの世を去る人物がいます。わたしの気まぐれで産まれた人だけど、流石にそれはかわいそうだ。
わたしは三つめが決められない。すぐに出てこないということは無いのと一緒。ならばひとつくらい譲っても構わないでしょう。
わたしの持つ、願いが叶う魔法で眠っているもう一人の自分を呼び覚ましました。一人の中の二人は表裏一対。相手が起きればわたしは眠りに落ちます。視界が斜めになり、天井が見えたのまでは記憶できました。
「おい! 起きやがれこのヤロウ!!」
自分の声がして、非常に乱暴に揺り起こされました。
「てめえ! なんなんだこの家は! 話が違うじゃねえか!」
目の前にいたのは、なんと、わたしでした。
二人は同時に覚醒ができないはず。
話を聞くと、どうやらもう一人の自分が別契約で三つの願いを手に入れて、もう一人の自分との対話を望んだようです。
それにしても、話が違うとはどういう事なのでしょう。意味がわかりません。
「オマエの家は地主だ! 贅沢な家のはずだろうが! なんでボコスカ殴られるんだ!」
もうひとりの自分はとんでもない悪童でした。
起きてみたら腹が減っている。まずは腹ごしらえだと台所に行き、貯えられていた野菜を貪り食ったそうな。そこで女中に見つけられ、親の元に連れて行かれて殴られた。
殴ったら殴り返すのが信条だから殴り返した。そしたらもっと殴られた。
こりゃ敵わんと植木に上って逃れたら、枝が折れて地面に真っ逆さま。流石にうちの親も蒼褪めて駆け寄ったそうだが、覗き込んだその顔面に頭突きをくらわせてやった。このクソガキと怒鳴られ、また殴られ、ついでに蹴られた。
そこから先は耐えれずに気絶してしまったんだそうな。
「おい! コイツの記憶を消せ!」
「それは貴方の願いでしょうか?」
「そうだ! わたしの願いだ! コイツは今日起きたことを全部忘れてしまえ! それなら何でも叶う魔法もわたしのものだ!」
細い男性は顎に手を当てて、しばらく考えます。
「これは最終確認になります。三つ目の願いでよろしいですね?」
「ああ、三つ目だ。情けで昨日までの記憶は残しておいてやるが、願いを叶える魔法は忘れさせてやる。」
「かしこまりました。では実行致します。」
男性が指を鳴らした直後、身体を思い切り回転させたときのように視界がめちゃくちゃに歪んだところが、今日一日のわたしが視た最後の光景でした。
その日、目が覚めたらわたしは書庫に居ました。
前の日も書庫に閉じ込められたところまでは覚えています。丸一日ここで寝てしまったのでしょうか。いえ、それはありません。使用人が叩き起こしてでも部屋に戻して寝せてくれます。これが異常事態なのは理解できました。
「成功しました。彼女は今何も覚えていません。」
「これでわたしがアサヒ・トゥロモニだな!」
目の前に、わたしと、見知らぬ男の人が居ます。なんでわたしが居るんでしょうか。わたしは、いや、わたしがアサヒです。何故目の前のそっくりさんはわたしを名乗っているんですか。
「それでは、契約に則りまして精算を行います。」
目の前に居る二人の間で話が進んでいき、もうひとりのわたしが満足したところで男性が、布の擦れる音の後、一振りの細長い刃物を暗がりから引っ張り出しました。
彼は真っすぐに、もうひとりのわたしの元へと歩みを進めます。驚いたのは彼女。
「前の契約者様が記憶を喪失した事により、こちらのアサヒ・トゥロモニ様の契約は破棄されました。そしてあなた、アサヒ・トゥロモニ様は再契約で三件全てご利用したことで、返済履行の義務が発生いたしました。ご契約の通り、魂ひとつにて精算頂きます。」
「なんだよそれ!? ふざけんな!」
もうひとりのわたしは手をかざします。力を込めて相手を突き飛ばそうとしたのでしょう。ですが男の人の歩みは止まりません。一歩、また一歩と近寄っていきます。
助けてくれ、やめてくれともうひとりのわたしは泣き喚いていました。
何が起こっているのか、回答は誰からも貰えなさそうですが、だいたい想像はできます。
もう一人の自分に見えるアレは、わたしにとり憑いた悪霊か妖怪の類いでしょう。
甘い言葉でわたしに悪魔召喚の本を開かせて、アサヒという人物を乗っ取ろうとした。
何を願って何を手にしたのかわかりませんが、不要になった元のアサヒ、つまりわたしを契約の精算をすることで始末して、欲しいものをノーリスクで手に入れた上でアサヒ・トゥロモニと入れ替わるつもりでいた。こんなところでしょうか。
情けなく逃げ回る彼女を追い詰める男性は、たぶん、命を引き換えに三つの願いを叶える悪魔と呼ばれる存在。
三回の契約と、魂で支払えという言葉を聞いた上での推測です。だいたい合ってると思います。
もう一人のわたしは、あっという間に間合いに入られて、断末魔を上げる事もできないまま首を刎ねられてしまいました。
覚えていないので何の感情も湧きませんが、自分が死ぬ瞬間を客観的に見ているこの状況、なんだか自分が本当に死んだかのようです。
「あなた様には残り一つの願いがございました。代金は頂戴しましたので、先程破棄とは申し上げましたが、ご希望であれば願いを叶える事が可能です。」
「あ、結構です。」
深く考えずに答えてしまいました。先に叶えて貰ったという二つの願いは覚えていませんので、いま、叶えて貰える願いは一つだけになります。一つだけでいったい何ができるというのでしょう。
「覚えていらっしゃらないとのことですが、二つ目の願いは非常に強力なものとなります。使用する際は十分にご理解の上でお願いします。」
事務的にそう語ると、男性は音もなく影の中へと消えていきました。
わたしが魔法が使えるようになったのは、この妙な出来事から一週間後のこと。
呪文を用いて放たれるものではなく、願ったものをそのまま形にする魔法であると気付くのはそこからまたしばらく後。
何かあるとすればこの日の出来事なんですが、覚えていないので、わたしがなぜこんな魔法を使えるのかは今も謎のままです。
太陽は書庫で自分と対面する いつきのひと @itsukinohito
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます