二十一歳 その1
次に可奈子が沢木美香と会うまでには、一年近くの歳月を待たねばならなかった。
定期的に連絡は取っていたのだが、なかなか上手くスケジュールが合わなかったり、まあいつでも会えるか、という気持ちでなあなあになったりしていた。
しかし彼女たちは十一ヶ月の時を経てついに、再会することとなった。日程の合う日ができたのだ。
幸い、ミカも東京の大学に通っていた。店選びは彼女の方が圧倒的に得意だった。
遊びに行くことが決まると彼女はいきなり電話をかけてきた。
『飲みに行く?』
ミカとの電話は長引かない。昔から基本的にさっぱりしている。
『ごめん私、あんまりお酒得意じゃないんだ』
と言うと、ミカは例によって無駄な反応をせず、
『そっか。そりゃ良かった、私も実はお酒より気になるのがあってさ。スイーツってどう?』
と簡潔に提案してきた。ざっくりした提案だったが、甘いものは好きだ。
可奈子は即答した。
『良いねスイーツ!』
『しかも食べ放題。良いとこ知ってるんだ』
声だけでも、よほど自信があるらしいことが分かった。この電話が済んでから数週間、可奈子はその日を楽しみにひたすら期末レポートを処理していた。
大学三年生の冬だ。そろそろ就活のためにやることも出てきて忙しく、だからなのかすぐに、当日が来た。
前回会った時よりずっと、ミカは大人っぽくなっていた。何というか、東京という街に溶け込んでいる。
だってベレー帽なんて被っている。しかも似合っているのだ。
「ああっ可奈子!」
待ち合わせは東京駅の丸の内口だった。天井がドームになった改札口で、すでにミカは待ち構えていた。
改札を抜けた途端に飛び込んできた。というより突進してきた。
「可奈子おーー!」
「いやちょっと怖い!怖いって!」
いくつになっても面白い子だ。可奈子は笑いながらミカのタックルを思い切り受けた。
「ついに会えたねえ可奈子!」
「まさかクリスマス前になるとはね」
「ほんとだよ!でもこの時期ってのはグッドタイミングでもあるんだ」
ミカはじっとしていられない様子で、タックルのくだりが終わった時から足踏みしている。
「さすがに冬だよね。手袋忘れちゃってさ、電車乗るまでに手がもうかじかんじゃって」
可奈子は手を開いたり閉じたりした。電車の暖房は偉大だ。
「ね、凍えるわ。歩こうよ、私もう動かないと、ねえお腹空いてる?」
ミカの中では話題の洪水が起きているらしい。でも今日は、一つ一つ解きほぐす時間がある。
「お腹空いた。お昼この辺?」
「うん、ちょっと歩いたところの、ビルの中にあるから」
「オッケー!」
よし、とミカはスキップのように軽い足取りで歩き出した。ロングコートの裾さえ、ふんわりと浮いているように見えた。
両手を白い息で温めながら、可奈子は彼女について行った。
「いやあ、美味しかった〜!」
安田奏音は向かいの席で、いつもの微笑みを浮かべた。
目を細めて笑う時いつも、眉毛がちょっとハの字気味になる。店内の暖房のせいか頬が少し赤いのが、元々の肌の白さで際立って見える。
葉月はこの笑顔が好きだ。付き合って一年半近くが経とうとしているが、見飽きるなどということはまず有り得なかった。
今日は彼女の希望で、仙台駅前のパンケーキ店「paradis(パラディ)」に来ていた。全国各地にチェーン展開していて有名な店だが、葉月も行ったことがなくて気になっていた。
ホームページの写真で見た通りの、厚めで三段重ねのパンケーキが運ばれてきた。一時間待ちした甲斐があったというものだ。
奏音は「フルーツパンケーキ」を、葉月はオーソドックスらしい「paradisパンケーキ」を注文していた。
分量はお腹が一杯になる程度にはあったが、彼女は葉月と同じくらいのスピードでペロリと食べ切った。奏音は、甘いものに関しては度々葉月を驚かせるほどの情熱を見せた。
「意外と甘すぎなくて良かったね」
「うん!」
パシン、と手を合わせ、小声で「ごちそうさまでした」と呟く。葉月もそれに合わせた。
クリスマスを目前にした日曜日。イブと当日は葉月と奏音それぞれに容赦なく授業が入っていて、丸々一日使える最も近い日が今日だった。
「さて——次は服かな?」
「だな。もう行く?」
「行きましょう。腹ごなししないとね」
葉月たちは同時に立ち上がった。忘れ物がないか、同時に椅子の下を覗く。
そうして店を出ると、乾燥した風がびゅうっと葉月たちを通り過ぎた。
「うわ、寒っ——」
真っ白のマフラーに顔を埋め、奏音は両手をコートのポケットに突っ込んだ。
階段を降りながら、葉月も同じようにした。お腹が一杯だった分、寒さはいくらか和らいだ。
今日の予定はちゃんと決めてあった。と言っても、いつだか葉月が全部やろうとして全く上手く行かなかったので、それからスケジュールは主に奏音が担当していた。
パンケーキの後は、買い物だ。冬物の服を見たいそうなので、葉月もついでに良いのがあったら買おうと思う。
通りに出ると、街中がクリスマスムードで盛り上がっている。まだ明るいが、夜になればもっと雰囲気が出てくるはずだ。
仙台駅の目の前の、大きな歩道橋までたどり着く。何だか階段を上るごとに気温が下がっていくようで、葉月は思わず身震いする。
早く屋内に入りたい葉月たちは、次第にペースを速めた。どちらも何も言わなくても、自然と歩幅が合っていた。
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