高校編
十六歳 その1
結局能勢葉月と大西可奈子は、その中学校生活において、三年間とも同じクラスに所属していたことになる。
これは、二人の中学校では一学年につき六クラスあったことを考慮すれば、なかなかの偶然と言っても差し支えないだろう。
ただ偶然とは往々にして、自然の法則を無視してでも連続するものである。
二人は同じ高校に進学した。意図したのではなく、たまたま県下一の偏差値を誇る県立高校を、二人とも目指したというだけのことだ。
しかしもちろん、決定的な変化はあった。
中でも大きかったのは部活動の変化である。二人はいずれも、中学の頃とは違った部活を選択した。
そしてその選択は、「吹奏楽」という所に一致した。
岳南高の吹奏楽部は強豪で有名だった。しかしだからといって初心者をはねつけるようなことはせず、むしろ楽器の知識・経験がまっさらな生徒を優遇してチームに取り入れていることが特色の一つだった。
だから葉月も可奈子も入部してみようと思った。せっかく高校に入ったのだから、何か今までと違うことをしようと考えていたのだ。
お互いが同じ所に入部届を出していたことは、本格的に活動が始まるまで二人とも気づかなかった。
しかしここで終わる「偶然」なら、わざわざここに書き記したりはしない。
次の場面は、ある夏の日の夜だ。夏休みの真ん中で、県内でも最大規模の動員数を誇る、河川敷での花火大会が始まろうとしていた。
葉月は、吹奏楽部の仲間と花火を見に行った。正確にいうなら、一緒にいたのは葉月と同じパーカッションパートの二人である。
この代のパーカッションの一年生は、全部で四人だった。パーカスと聞いて想像するドラムやティンパニの奏者ももちろんいたが、その中にはピアノ奏者もひっくるめられていた。
可奈子は、そのピアノ担当だった。
「何であいつだけ来ねえんだよ」
「しょうがないよ、可奈子ちゃんは先約があったんだからさ」
ドラムを中学からやっていた、
葉月はもちろん分かっていた。しかし仏頂面を緩めることはできない。
「分かるよ、彼氏だって大事なのは。けど部活の仲間だって大事だろ?」
「まあそう怒りなさんなあ〜!」
間延びした声が後ろから聞こえる。振り返る前にがっしりと肩に手を回された。
こんなことをするのは、ダル絡みの慎二——
「男の嫉妬ほど、醜いものはないぜ」
慎二のマンガのような、バキバキのキメ顔が近い。
「やかましいわ。嫉妬じゃねえよ」
彼の頭は思い切り叩くといい音がするのだ。
「認めないねえ、でもそれでこそ能勢ちゃんよ」
「ああー気持ち悪りいから離れろっ!」
左手で、無理やり慎二の体を引き剥がす。とにかく触りにくるこの男は、放っておけばそのうち捕まるんじゃないかと思っている。
そんなやりとりを冷ややかなのか温かなのかよく分からない静かさで見ているのが、沙耶香のポジションだった。男子二人より高い背丈や常にロングの髪型、それに銀縁のメガネが、彼女の大人っぽいイメージを作り上げていた。
「可奈子ちゃんたちも来てるんでしょ?今頃どこにいるんだろうね」
「もしかしたら、この橋の上にいるんじゃねえかな」
慎二の適当な発言も、今回はあながち間違いじゃないのでは、と思えてくる。
今葉月たちがいるのは、川にかかる大きな橋の上だった。いつもは閑散としているこのエリアも、今夜は考えられないほど多くの人で賑わっている。これほどの人混みは、今日の花火大会以外ではまず見られないだろう。
橋の上だけでも何百人いるか分からない。ここに可奈子とその彼氏がいても何ら不思議はないのだ。
「会っちゃったら気まずいからさー、先に見つけようぜ」
「何でオレらがあいつのこと探さなきゃならないんだよ。良いよそんなの」
そんなことより早く橋を渡り切りたい。ここを抜けないと河原にも出られないのだ。
「沙耶香、今何時ー?」
「あと十分で始まる——かな」
「やばいじゃん、もっと急ごうって」
沙耶香は妙に冷静だし、慎二に関してはいつも通り危機感がないというか、人間らしい知性の感じられないアホな顔をしている。
ここは自分が急がなければ、何というかバランスが取れない気がした。
葉月は先陣を切り、人々のわずかな隙間をぬって進んだ。できれば冷やしきゅうりなんかも食べたかったが、これは来年までお預けになりそうだ。
「待ってくれよお、能勢ちゃん〜」
「黙れ」
もっと早めに来るべきだった。最たる犯人は明らかで、これは葉月が最初に遅刻したのが悪かった。
元々時間通りに行動するのが一番苦手なのは、葉月なのだ。今日の集合場所にだって、あの慎二を差し置いて最後に到着してしまった。
まあバスに乗った時点で「ああこれは間に合わないかもな」とは感じていた。車内はこの辺りではちょっと見ないくらいの人口密度だった。
「うわっ、すごい人」
橋をぞろぞろ行く人々を尻目に、沙耶香がつぶやく。彼女は信じられないことに、この花火大会に来るのは初めてだという。
「だろ、ちょっと気持ち悪いくらいいるだろ」
「お祭りだからねえ」
ついに橋を渡り切ると、屋台が並ぶ土手が左右に伸びる。やはりここも人だらけだ。
うわ、とここでも沙耶香が声を上げる。
「人を見に来てるようなものじゃん」
「でもメインイベントはこの後だからな。座るとこ探そうぜ」
「途中で空いてる食べ物の屋台あったらさあ、何か買わん?」
そうしよう、と慎二の提案に同意する。何か食べるつもりで来たので、少し腹が減っていた。
レジャーシートは葉月が持ってきていた。四人は入る大きなやつだ。
「土手の途中とかに、適当なスペースはないか」
「ここ歩いてってみよ」
慎二が指差したのは右側だった。アスファルトの道がしばらく続き、道の左脇には錆びかけのガードレールが、右脇には芝生の坂が続く。ガードレールの上に座っている人も大勢いた。
「だな」
歩き出すと意外にも、歩き回っている人の方が多いようで、座れそうな場所はいくらかあった。その中でも一番眺めの良い場所を探す方向にシフトする。
少し歩くだけで、Tシャツの襟にじっとりと汗がしみる。頭の中にも熱が籠もっているようだった。
飲み物を持ってこなかったのは完全に失敗だった。自販機でも良いから、お茶か何か買っておけば良かったのだ。
隣で涼しそうにスポーツドリンクを飲む沙耶香を見ると、葉月は後悔せずにはいられなかった。
そこでカランコロンと、普段は聞き慣れない音が聞こえてきた。これは夏の夜独特の響きだ。
その音は前から来ていた。たくさんの人がこちらに向かってきていたが、音の主はすぐ分かった。
下駄の音を鳴らすのは、浴衣を着た人に決まっているからだ。
三人、まとまって歩く高校生くらいの女子集団が目に入った。
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