くさい話

@Ak_MoriMori

1.和留拓海(わるうたくみ)の部屋にて

 修太朗は、喉にへばりついた10本目のイモを必死に胃袋へ落とし込み、ようやく言葉を発することが出来た。


「えっ? 何だって・・・。

 もう一度言ってくれ。聞き間違いでなければいいが。

 拓海・・・今、オレの小説が『くさい』と言わなかったか?」


「ああ。はっきりと『お前の小説はくさい』と言ったぜ。アハァハァハァ。

 まあまあ、怒るな。大便生・・・いやいや、大先生!」


「オレの小説のどこが『くさい』と言うんだ! 説明してみろッ。」


 と、この物語の主人公である伊集院 修太朗(いしゅういん しゅうたろう)は、口の中に残ったイモを吐き散らしつつ、悪友かつ小説仲間である和留 拓海(わるう 

たくみ)のことを怒鳴りつけたのであった。


 修太朗と拓海は、とある地元の大学に通う大学生である。

 高校時代、お互いを呼び寄せる心の声を聞き、それ以来、無二の親友のフリをし続けている。彼らは、小説投稿サイトに己が書いた小説を投稿しては、互いのPVを競っているライバルなのである。


 拓海の得意とする小説ジャンルは、SFがらみのコメディである。

 誰にも打ち明けていないが、実は、拓海には超能力が備わっているのだ。

 彼の超能力『愛しき隣人』なる美少女化された能力が、町中に転がる面白ネタを収集してくるのだ。それを元にして、彼は小説を書いている次第である。

 決して、他の作家のまったく読まれていない埋もれた名作をパクっているわけではない・・・と、拓海本人は証言しているが、真実は藪の中である。

 

 一方、修太朗の得意とする小説のジャンルは、恋愛経験がゼロに等しいにかかわらず、恋愛ものが中心である。恋愛経験値がゼロに等しいため、彼の恋愛もののネタは実生活ではなく、主に小説がネタになっているのだ。明治、大正、昭和初期の文豪たちの小説を読みまくり、それをネタに恋愛ものを書き上げているのである。


 そんな彼らは、今、拓海の部屋で小説談議に花を咲かせていたのであった。

 小説投稿サイトで最近大人気の小説『異世界臭遊記 クサイヤツにフタをしろ!』や『名探偵シリアナ』などの批評を行っているうちに、いつの間にか、お互いの小説の批評に移っていった。


 そして、小説の冒頭に至るワケである。


「(たぶん、読者が忘れていると思うから)もう一度言うぞ!

 オレの小説の・・・どこが『くさい』んだ!」

 

「えっ? マジでわからないのか?

 お前の小説は、ぷんぷん臭うぜ。

 くさすぎるだろ! 話の展開がさ。展開のさせかたが古すぎるんだって。

 それにな、登場人物の台詞もさ、なんかくさいんだよ!」


「う・・・うぅむ。」


 正鵠を射抜かれた修太朗は、言葉が出なかった・・・。

 修太朗が描く恋愛のネタは、そう、明治、大正、昭和初期。

 修太朗なりに現代風にアレンジしているつもりであったが、それでも古くささが残っていたのだろうか?


「そ、そんなに・・・くさいか?」


「ああ、ぷんぷん臭うって。それになんだよ。あの話。

 えーと、そうそう、恩人の娘が金持ちと見合いをする話。

 恩人の娘がさ、実は恩人と浮気相手のキャバ嬢との子供で、それを隠し通すために金持ちの家族を殺して、自分も自殺する話。今どきさ、そんなヤツいないだろう。」


「ばか野郎! あの話は・・・○○先生の名作をありがたく拝借した傑作だぞ!」


「傑作だろうがなんだろうが、くさいんだよ!

 だからな・・・。」


 と、突然、拓海がニヤニヤした顔をこれでもかというくらい、さらにニヤつかせ、言葉をついだ。


「お前に食わせてやったんだよ。この焼き芋をなっ・・・て。

 お前、全部食っちまって、残っちゃいないがよ。

 そんなにうまかったか? あの焼き芋。」


 修太朗は、口の中にほのかに残る甘みを舌先で味わいながら、拓海に応える。


「ああ、うまかったな。つい、全部食っちまった。悪かったな。

 でも、なんだろな。まるで果物を食ってるみたいな感覚だったな。

 歯ごたえがさ、プチって感じで、一皮噛み切ってからイモの粘りが来るんだよ。

 そして、イモ特有の甘みが口の中に広がり・・・そして、一気に水分が吸い取られる感覚。不思議だよな。同じ甘いものでも、果物は水分で満たされるのに、イモは水分を吸い取るんだぜ・・・。」


 修太朗は、口の中の甘みを再び味わうと、恍惚とした表情を浮かべた。

 そんな修太朗のことを、拓海は満面の笑みを浮かべながら見続けている。

 やがて、その笑みをずる賢い笑みに変えると修太朗に話しかけた。


「あの焼き芋さ・・・ロケット芋って言うんだぜ。

 あの芋を食った後のガスの力、強力なり。汝の体を浮かび上がらせるであろう。

 一口で10㎝だ・・・あの芋を食った後、屁の力で、お前は空に舞い上がる。

 どれだけ食った? いったい、何cm・・・何m飛び上がるんだろうな?」


 修太朗は、訳がわからなかった。

 ロケット芋? あの焼き芋は、ロケット芋というのか?

 屁の力で飛び上がるだって?

 拓海よ・・・お前は正気か?


「修太朗・・・オレの言ってること、信じられないだろう?

 そう、オレだって信じられなかったよ。

 だからな、自分で試したよ。一口食ってさ。屁をこいた。

 そしたらな・・・10㎝だ。信じられないよな。言葉だけじゃ・・・。

 見せてやるよ。動画投稿サイトに投稿しようと思って、動画を撮ったんだ。

 見れば・・・信じるよな。」


 拓海はそう言うと、テーブルの上に置いてあったスマートフォンを取り、画面を操作した。そして、修太朗の顔の前にスマートフォンの画面を向けた。


 その画面には、拓海の姿が映っている。

 画面の中の拓海は、芋らしきカケラを口の中に入れると、こちら側に向かって話しかける。


「今、伝説のロケット芋を一口食べました・・・これを食べると、体が浮くらしいです・・・おっ、腹が張ってきたぞ・・・うーん、まだ、出そうにないな・・・おっ、いい感じ、いい感じ・・・あっ、出そう・・・。」


 画面の中の拓海は、腰を少し落とすと、軽快な音を尻から出した。

 同時に、拓海の体が少し浮いたように見えた。

 画面の中の拓海が、興奮した様子でこちらに話しかける。


「すげぇ、すげぇよ。浮いた! 確かに浮いた・・・皆さん、わかりました?

 まあ、この動画を信じるかどうかはあなた次第ということで・・・。」


 ここで動画の再生は終わり、拓海は修太朗の顔の前からスマートフォンを離した。


「どうだい・・・これでも信じられないか?」


 修太朗は困惑していた。

 信じられるのか・・・いや、画面の中の拓海が言っていたではないか・・・信じるか信じないかは、あなた次第と。

 はっきり言えば、信じられない。だが・・・と思うところもある。


「・・・なんとも言えん。」


 そんな困惑した修太朗を見て、拓海は面白くてたまらないと言った顔をしている。


「まあ、どっちでもいいさ。

 本当かどうかは、これからお前がその身を持って証明するだろ。

 10本だもんな! 10本も食っちまった。いったい、どこまで飛ぶのやら。」


「・・・」


 拓海の話を聞いて、修太朗の顔が暗くなったのを見て取ったのだろう。

 拓海は大声で笑い始めた。


「お前の小説があまりにくさいもんだから、お祝いにその芋を食わせてやったのさ。

 ますます、くさくなるようにってね。

 いやぁ、まさか、10本も食っちまうとは思わなかったよ。

 まあ、今日はこれでお開きにしようぜ。

 屁には気をつけろよ! どこまで飛んでいくかわからないからな!」


 修太朗は怒りで顔が真っ赤になった。

 そして、無言で立ち上がると、拓海の部屋から出ようとした。

 その時だった。


「修太朗! これは餞別だ!」


 突然、拓海が修太朗の方に向かって尻を突き出し、「ブッ、ぷり!」と放屁した。

 しかし、その後の彼の様子がおかしかった。

 ゆっくりと片手を尻の方に持っていき、何らかの危険物があるかのように探っているのである。そして、今や、彼は、悲哀のオーラを発しているのである。


「おいっ、拓海! どうした・・・。」


 拓海が泣きそうな声で答える。


「調子に乗りすぎた・・・実が・・・出ちまった・・・。」


 修太朗は身に迫る危険を察知した。

 拓海の方から、目には見えない黄色いガスが、ゆっくりと修太朗に襲いかかってくるかのように思えた。


「なるべくパンツにつかないよう、早くトイレに行けよ・・・じゃあな。」


 拓海に声をかけると、黄色いガスに飲み込まれる前に、修太朗はその場を後にしたのであった。

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