第23話 水族館
部屋でくつろいでいると、ピロン、とスマホが鳴った。
差出人は陸兄さんからで、内容としては【今度の日曜日に一緒に出かけないか】というものだった。
珍しい。陸兄さんから誘ってくることなんて中々ないのに。
普段は勉強で忙しそうにしているから、お誘いなんて来ないのだ。
そんな珍しいお誘いにうーん、と一人うなる。
正直迷う。日曜日は翌日の学校に備えて休んでおきたいところだ。
なにせ体力弱々の軟弱者なので。
出かけたり遊んだりするのはなるべく土曜日がいいのだ。
日曜日は一日丸ごと休めるし。
普段は部屋に引きこもっているので、体力がないのは自覚している。
日曜日に出かけるとなると、翌日に響くかもしれない。
うぅ、どうしようか。
でも、珍しいお誘いを断るのもなんだか気が引ける。
うーんうーんと一人うなって、二十分ほど悩んで結局行くことにした。
陸兄さんには受験のときにお世話になってるしね……。
そのお礼も兼ねて行くとするか。
そうなると、服装どうしよう……普段外に出かけることなんて少ないから、まともな服があまりないのだ。
この間紅葉狩りに行ったときも無難な色のカットソーに無難な色のパンツ履いて行ったし。
どこにでもいそうな格好しかできない。
まぁそれで二十三年プラス十六年生きているのでもうどうにもならないだろう。
それが私のスタイル、ということにしておこう。
新しく服を買いに行くのも面倒くさい。
仕方ないのでありあわせの服で行くしかないな、うん。
今度の日曜日か。よし、それまでに服装決めておこう。
あっという間に土曜日の夜が来てしまった。
服装は迷いに迷って無難な色の長袖のシャツに無難な色のパンツを合わせることにした。
普段外に出ないせいで服装に季節感のないことで有名(?)な私だけど、さすがに外が寒すぎてこの間買った上着を着て行くことにする。
思えば季節はもう真冬だ。どうりで寒いわけである。
紅葉狩りに行った日が懐かしい。
もうすぐ一年が終わってしまう。季節が過ぎるのは早いものだ。
ついこの間高校に入学したような気がするのに、もう年末。
暑い夏と寒い冬は普段以上に活動量が落ちるものだ。
おまけに数年ぶりの寒波と呼ばれるものが毎年来ているような気がするので年々寒くなっているのだろうか。
地球温暖化は一体どこへ行ってしまったのだろう。
夏は変わらず暑いし、冬は毎年数年ぶりの寒波が来るし、本当に地球は人類に優しくない。
もう少し人類に優しくしてくれてもいいと思うんだけどな。
久しぶりに会う陸兄さんに気分が高揚しているのか、目が冴えてしまって中々眠りにつけなかった。
翌朝目を覚ますと、どしゃ降りの雨だった。
う、わー! で、出かけたくねー! という心の声がニョキニョキっと生える。
めちゃめちゃ雨降ってるじゃん……。これはもう記録的豪雨レベルの雨だよ……。
激しい雨粒が窓を叩き、外を覗き込むと大きな水たまりがいくつもできていた。
長靴なんて便利な履物など持っていない。
靴なんぞスニーカー二足で十分。雨に濡れたらもう一足に履き替えばよし、のスタンスで生きているのでこんな大雨の日でも当然のようにスニーカーだ。
スニーカーなので、当たり前だけど雨に濡れれば水が染みる。
靴下がぐしょぐしょに濡れる未来が想像できてげんなりしてしまう。
とは言え、当日の朝に今日雨降ってるから行けませんと断るのはさすがに陸兄さんが可哀想すぎる。
私はそこまでひどい人間ではないので、たとえ大雨でも行くしかないのだ。
家を出ると、大粒の雨がパラパラと傘の上に勢いよく降ってくる。
水たまりをピョンピョンと避けながら歩いていく。
しかし、運悪く着地した先に水たまりがあり、そのままダイブしてしまう。
バシャン、と音を立てて水が跳ねた。
ついでに靴の中にも水が染みた。
ぐしょぐしょに濡れた靴の中にげんなりする。
はぁ、とため息をついて仕方なくそのまま歩き出す。
もう今さら水たまりを避けても仕方ないだろう。
ヤケクソのように水たまりに足を突っ込みながら歩く。
待ち合わせ場所に着くころには肩もしっとりしていた。
「いおりちゃん、雨大丈夫だった……って、ダメそうだね」
すでに待ち合わせ場所に立っていた陸兄さんは私の姿を見て苦笑いを浮かべた。
「まさかこんなにひどい雨とはね。タオル持ってきたから、お店に入ったらちょっと拭こうか」
出かけるのにタオルを持参するとか用意良すぎか。
さすが陸兄さんだ。
近くのファミレスに入り、濡れた髪の毛をタオルで拭く。
「今日はどこに行くの?」
「うん、本当は遊園地にでも行きたかったんだけど、この雨じゃね……ちょっと遠いけど、水族館にする?」
「え、お出かけってそういう?」
「うん? そうだよ?」
キョトンと不思議そうな顔をする陸兄さんを見て、私も首をかしげる。
陸兄さんのお出かけっていうからもっとこう、図書館とかそういう系かと思っていた。
まぁ従妹誘って行く場所が図書館ってどういうことって気もするけど。
水族館なんてもう何年も行っていない。
久しぶりに行くのもいいかもしれない。
「水族館行こう!」
「じゃ、決まりだ」
ニッコリと笑う陸兄さんは嬉しそうだ。
普段勉強ばかりだから、たまにはこうして遊ぶのもいいだろう。
ファミレスで軽く食事を済ませ、水族館に向かうため電車に乗り込む。
日曜日の電車はとても混んでいる。
「いおりちゃん、こっち」
「ありがとう、陸兄さん」
陸兄さんがなんとか一人分の席を確保してくれたので、ありがたく座らせてもらう。
あれ、なんだかとってもデジャヴ……。
ふと拓海の顔が頭をよぎって、やっぱりママだなぁとしみじみ感じる。
「いおりちゃん、今拓海くんのこと考えてたでしょ」
「えっ、エスパー?」
「はは、拓海くんもこういうとき、いおりちゃんに席譲るんだろうね。……悔しいな」
「え?」
一瞬だけ顔を歪めた陸兄さんの言葉を聞き返すが、なんでもないと言うように笑って誤魔化されてしまった。
……忘れてたけど、陸兄さんも私のこと好きなんだっけか。
死にかけている私を見て「一緒に死のう、いおりちゃん」と笑った陸兄さんの顔が浮かんだ。
陸兄さんは子どものころから賢くて、優しくて、大人びていた。
おもちゃも、好きな食べ物も、なんでも人に譲るような人だ。
私と一緒に死のうとしたことだって、普段の陸兄さんなら絶対にありえないこと。
陸兄さんはいつだって人を思いやれる優しすぎる人で、だからこそあんな行動に出たことが不思議でたまらなかった。
私という存在が陸兄さんにとってどれほど大事なものだったのか、死の淵で知ったのだ。
しかし、私はその想いに答えれそうにはない。
恋がどんなものなのか、未だにわからないでいる。
もしかして私は人に恋愛感情を抱けない人間なのかと思うほどだ。
誰かといるより一人が心地よかったり、意地でも一人の時間を作りたかったり、恋愛に向かない人間なのかもしれない。
そんな私と一緒になっても、相手が幸せになれるとは思えない。
そもそも、拓海にせよ陸兄さんにせよ湊くんにせよ、私のような人間に好意を持っている時点でなにかしらおかしいと思う。
私は人より劣っていて、誰かに好かれるような人間ではないから。
「着いたよ」
「うん」
拓海はカッコよくて面倒見がよくて。
陸兄さんは頭がよくて優しい人で。
湊くんは可愛くて素直な子で。
三人とも、私じゃない他の誰かを好きになっていたらよかったのに。
そしたらきっと、幸せになれていた。
そう思えてならないのだ。
「いおりちゃん、あっちにクラゲいるよ」
「わぁ、キレイだね!」
自己肯定感が低いのは自覚している。
もしかしたら、自分で気づいていないだけで自慢できるようなところがあるのかもしれない。
でも、私は自分の自慢できるようなところに気づけない人間だから、仕方ないのだ。
広い水槽の中でふよふよと自由に浮いているクラゲを見つめる。
陸兄さんは人でごった返した水族館の中で、はぐれないように振り返りながら進んでくれる。
「大丈夫? 疲れてない?」
「ちょっと疲れたかも」
「じゃあ、あっちのベンチで休もうか」
「うん、ありがとう」
ベンチに座ると、陸兄さんが飲み物を買ってくると言って自販機を探しに行った。
一人で休んでると、人混みに紛れて泣き声がかすかに聞こえる。
迷子……? どこだろう。
視線を動かすと、五歳ほどの女の子が一人で泣いているのが見えた。
……声、かけるか?
周りの人は時おりチラチラと視線を向けるだけで、そのまま通り過ぎていく。
女の子は子どもらしくえーんえーんと声をあげて泣いている。
陸兄さんは中々戻ってこないし、このまま泣き声を聞いているのも居心地が悪い。
「あのう、大丈夫?」
結局悩みに悩んで、声をかけた。
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