異世界にまでやってきたのにヒロインになれないなんて、私に何か問題でもあるのでしょうか。

夏子

プロローグ


 びゅおおおおおおおおおお……――

 耳を劈くような鋭い音、そして四肢をばらばらにするようなとてつもない風圧。

 とてもじゃないが、目を開けていることなんて出来やしない。それでも、何とか今の状況を確認すべく、ぐぐぐ、と瞼を一生懸命持ち上げれば、わずかに開いた隙間から、一面の空の青、そして分厚い雲の絨毯が薄っすらと見えた。


 飛んでる? いや、違う。落ちてる! 私は、空高い上空から今まさに落下していた!

 なんで! どうして!? 叫びたいのに、声を出すこともままならない。スカイダイビングをする夢でも見ているのだろうか。それにしちゃ、あまりにもリアルだ。凍りつくような冷たい空気、バタバタと激しく灰色のジャケット、そして足からすっぽ抜けたパンプスが上空へきらりと飛んで消えていくのが横目に見えた。


 おかしい、だって私は、ついさっきまで新橋のガード下にある行きつけの居酒屋で、会社の同僚と仕事終わりの一杯を楽しんでいた。やっと花金(死語?)だねと言って、楽しく中ジョッキをがつんと当てて乾杯して、焼き鳥を頬張って、至福のひとときを味わっていた。このために生きてる! って幸せを嚙みしめていたはず!

 それなのに、なぜ。なぜ私は今、ノーパラシュートでスカイダビングをする夢をみているんだ!


 そこまで考えてハッとする。

 この空は、いったいどこまで続いているのだろうか。普通であれば、良きタイミングでパラシュートを開いてふわふわと地面に着地するのだろうけど、私は今、身一つで落ちている。

「あわわわわわ」

 今更慌てふためいてももう遅い。分厚い雲を突き抜けると、そこは一転して黒雲が広がり、時折雷鳴が轟くのに、「ひっ」と声を漏らす。あまりの恐ろしさにじわりと涙が滲む。ごうごうと恐ろしい音が鼓膜を揺らす。

 広大な緑が、赤色の大地が、そして眩い光が開けた視界に飛び込んできた。


「死んじゃう」


 私ははっきりとそう思った。この後もう間もなく訪れる身体が潰れる痛みを逃れる術はない。どうか一秒でも早くこの悪夢が醒めますように。わたしは必死にお祈りをして、迫りくる恐怖から逃げるように、ぎゅっと瞼を閉じたのだった。

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