第14話 自分の立場と今までの事の違いが辛い~自己肯定の低い后~
アザレアは呆れのため息をつき、額に手を当てる。
ストレリチアを自分の妻として迎えると、城や各局で働く者達に伝えている。
最初は、ストレリチアを警戒する者もいたが、ストレリチアの行動がその警戒を驚くほどの早さで解いてしまうのだ。
他の種族からは「魔族」と呼ばれ忌み嫌われるアザレア達でも、そのような態度で接することなく、穏やかにそして腰を低くして接するのだ。
初めて顔を合わせた時から。
驕るような事はせず、自らの身の回りの世話をしている者達への感謝の気持ちを忘れず、常に礼を言う。
手合わせの時も、決して相手を馬鹿にするような行動はせず、真剣に向き合う。
時に、相手に訊ねられた場合は、答えられるなら丁寧に答え、分からない時は己の知識不足を謝罪する。
気が付いたら、ストレリチアは短期間で城で働く者や、顔を合わせた者達の心を掴んでいた。
だが、ストレリチアはそれに全く気付いていない。
鈍いのか、それとも自己評価が低いのか。
アザレアは両方だと判断した。
その原因は、愚者達に裏切られた事だというのも理解できていた。
善性故に、人を信用していたのを裏切られた結果、人の好意を信じられない、人の好意的な感情の変化を感じ取る部分が酷く鈍感になっている。
そして、裏切りの言葉で、己の評価が底辺まで落ちている。
その結果、ストレリチアは現状自分がアザレアの配下達に慕われている事を理解できていないのだ。
后扱いは、自分が后として公表したからではない、皆がストレリチアをアザレアの后であると認めているからの行動であるのが真実だ。
けれどもストレリチアはそれを今、理解することが、受け入れることができないのだ。
彼女は、自分を認める事、肯定する事、そう言った類の事がまだうまくできないのだ。
漸く、一歩踏み出したと同時に、己の卑下を強め自傷行為を行った。
今はアザレアが傍にいる、いない時はブルーベルかサイネリアがいる為そういった行動はないが、まだ酷く危うい。
ストレリチアの中の復讐の炎は、自分の身さえ、焦がしている。
己にさえ、憎しみを向けている。
裏切りに気づくことの無かった、自分をストレリチアは憎くてたまらない事をアザレアは理解している。
それをどうにかするのは、ストレリチア自身に「非がない」という事を理解してもらう必要がある。
それ以外の手段は、アザレアに愛されているという事を受け入れてもらう事。
ストレリチアはアザレアの愛をまだ受け止められない、何せずっと傍にいた幼馴染で恋人だった男の裏切りに気づかず、愛を裏切られたのだ。
その上ずっと蓋をしていた、母親に捨てられたという過去の件もある。
――さて、どうやったらストレリチアに信じて貰えるか……――
アザレアは、メイド達に菓子を勧められて困り果てているストレリチアを見て、口元に笑みを浮かべながら、菓子に手を伸ばした。
「づがれだ……」
陛下がいない部屋のベッドに、私は行儀悪く顔面から倒れ込む。
この七日間非常に慌ただしかった。
どうやら、陛下は兄に色々と私の近況などを伝えているらしく、后にしたという伝書を持った使者を出した後、凄まじい形相で兄がやってきた。
何か陛下と兄は応接室で色々と話したそうだが、内容を聞きたくても二人ともだんまりを決め込む。
同席していたはずのサイネリアも、何も答えてくれない。
正直言って不安しかない。
あの形相の兄だ、陛下相手でもかなりキツイ口調になっている可能性がある。
何せ、あの男と付き合うとなった時、今まで優しい感じの口調からあの男に厳しいというか圧というかまぁ、ちょっと思い出したくないあれこれがあった。
陛下相手にアレをやったのなら、私はどうしたらいいか分からない。
雰囲気的に、あの時よりもかなり兄はぴりぴりしていた。
そして、兄は五日程滞在し、やたらと私の行動や陛下の態度を見ていた。
他の国なら不敬罪とかそういう罪に問われかねないのではないかと、私は内心冷や汗をかき続けていた。
ブルーベルやサイネリアも困った様子だったが、陛下はからからと笑って「良い良い、余は気にせぬ」と言っていたが、私は非常に気にした。
陛下と兄は仲が良いのか、それとも何なのか私には全く分からない。
先ほど兄が帰ってひと段落したので、今体を休めているが、何と言うか休めている気がしない。
「どうしたストレリチア、そのような恰好で」
――げ――
慌てて起き上がり、ベッドを椅子替わりにして座るような体勢になる。
「も、申し訳ございません、へ、陛下」
「――いや、私が意地が悪いな。疲れていたのであろう。この七日間は其方は色々と振り回されていたからな」
陛下の言葉に、私は引きつった笑みを浮かべるしかなかった。
最初の二日は色々な場所から引っ張りだこにされ、残りの五日は兄と陛下に振り回された。
正直休みたい。
我儘かもしれないが、何も考えず一日くらいのんびり過ごしたい。
此処に来てから、村に戻って働いていた時とは別の意味で大変だからだ。
村娘に戻っていた時は、まぁ確かに傷心状態だったが、肉体労働は慣れっこだったし、今までやってきた事と、今まで関わらなかった猟や、自警団を鍛えるとかあったけど、全員昔馴染みの知り合いだったから文句はない。
だが、此処は城。
ついでに、今いる場所は王様の部屋。
いくら何でも旅の途中で王様の部屋に入った事なんてない。
そう考えれば、色々と怖くなった。
何とか落ち着いていれば自傷行為に走らないが、冷静に考えると、王族が着るようなドレスに下手したら血をつけていたかもしれないのだ。
血の汚れは落ちにくい。
弁償しろと言われても無理。
そして、ベッドもそうだ、冷静に考えると私は今とんでもないところにいる。
考えれば考える程、別の意味で頭がくらくらしてきた。
王族が王族の親類か、もしくは貴族から結婚相手を選ぶのも納得できた。
でなければ王族の暮らしについて行けないし、そもそも頭の方でもついて行けないのだ。
現に私の頭の中はいっぱいいっぱい。
連中に与える罰の内容も考えたいが、その為の知識が不足していると言われている。
『其方はあまりにも善性すぎる、故に拷問刑として与える罰を考えようとしても現状では大したものが思いつかぬだろう』
善性はさておき、陛下の言葉は最もだ。
確かに私は一つだけ罰を考えた。
だが、それ以外の罰が一向に思いつかない。
ただ、それでも分かっている事がある。
肉体的な苦痛を与える事よりも、精神的に苦しめてやりたい。
尊厳をずたずたに引き裂いてやりたい。
奪われる苦しみを味合わせてやりたい。
二度と戻れない底辺まで堕としてやりたい。
我ながら、酷い内容だと思う。
けれども、私はそれを望んでしまう。
憎くて、憎くて、たまらないから。
私の事を、影で嘲笑っていた連中が、憎くてたまらない。
アイツ等を擁護する連中も許せない。
そして、無知でもの知らずだった自分が――許せない。
「ストレリチア」
「?!」
陛下の声で我に返る。
陛下が綺麗な指で私の唇をなぞった。
指を見れば、赤い液体が付着していた。
「手を見せよ」
私は気が付いたら握りしめていた手を開いた。
血で滲んでいた。
――ああ、また、やってしまった――
無意識にやってしまう自傷行為。
頻度が減ったとはいえ、やはりやってしまう。
「……もうしわけ、ございません」
「よい、これは其方が悪い訳ではない。其方の傷は深く、そう簡単に癒えるものではない」
陛下の言葉が逆に辛い。
「……やはり、其方は一人で考え込ませるのはいかんな。自分を傷つける」
「……」
反論できない、事実だから。
「ストレリチア」
「……はい、何でしょ――」
最後まで、言う前に、陛下に口づけをされる。
――え、え、え⁇――
陛下は私を押し倒してにやりと笑う。
「だから、そうならぬよう、私が愛でよう。何、可愛がるだけだから安心せよ」
陛下の言葉に、私は色んな意味で現実逃避したくなった。
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