第8話 魅力のない「私」~魅力に気づかぬ乙女、前を向けぬ被害者~




「はぁ……今までで一番疲れる手合わせの連続だった……」

 私はバスタブの中で花の香りがするお湯につかりながら呟く。

「ストレリチア様お疲れ様です。何処か痛むなどはありませんか?」

「あ……いいえ、大丈夫です。その、お世話してくださって有難うございます……」

 入浴の手伝いというか世話までしてくれるブルーベルに気恥ずかしさと申し訳なさがでてしまう。

「いいえ、ストレリチア様。私は貴方様のような素敵なお方のお世話ができて嬉しいのです」


――素敵?――

――私の何処が素敵なんだろう……――


 ブルーベルの言葉に、私は悩む。


――素敵なら、彼は……――


『ダチュラの方がとても魅力的だ』

『お前にはそういうのが全然ない』


 ずきりと心が痛くなった。



 村娘だった私と、聖女として王女として大事にされてきたダチュラ。

 分かってる、勝てっこない。

 多くの人が彼女を美しいと褒めるだろう。



 背後からブルーベルが私を抱きしめた。

「あ、その、服が濡れて……」

「ストレリチア様。貴方様は本当に素敵なお方です、私共が保証いたします。ですから、ですからどうか――」


「ご自分の事を卑下なさらないでください」


「……」

 此処に来て日が浅いのに、私に世話をしてくれているブルーベルにそのような気遣いをさせていることが、申し訳なくて、惨めだった。



 入浴を終え、着替えて、食事をとって一息ついた時、モルガナイト陛下が部屋に来た。

「あ……モルガナイト陛下……」

「少し話をしたくてな、それとその前にお前に会いたいという者が来た」

「え?」

 モルガナイト陛下の言葉に私が困惑していると。


「リチアァアアアア?!?!」


 モルガナイト陛下の後ろから兄が姿を見せた、そして私の姿を見るなり名前を呼びながら奇声を上げた。

「に、兄さん、ど、どうしてこ、ここ……」

 突然の事に頭の中が大混乱状態に陥る。

 兄が駆け寄ってきた。


――待って、お兄ちゃん、ここ、お城!!――

――しかも王様の前で何してるのー?!――


 私の腕を掴む。

「お、おい、そんなに綺麗にして何処にいくつもりだ?! お兄ちゃんはまだお前をお嫁にだす気はさらさら――」

 私は兄の様子に、兄が混乱しているというか、とち狂っているというか、何か昔の暴走を思い出した。


 私がおしゃれをするたびに、兄は暴走する。


 家ならともかく、此処はお城。

 そしてブルーベルにモルガナイト陛下が居ると言うのに――


「場所を考えてよ、もう!!」


 反射的に私も兄の鳩尾に拳を叩き込んでしまった。

 兄はうめき声をあげて蹲った。


「ま、前より威力が増してるな……さ、流石リチア……強くなってお兄ちゃんは嬉しいぞ……がくり」

「ちょ、お願いだからそういうのを此処でやらないで!!」

 恥ずかしくなって兄の頭を叩いた。

「……すまん、漸く少し頭が冷えた」

「私は色んな意味で冷えてるよ……」

 遠い目をすると、噴き出すような音が聞こえたのでそちらを見ればモルガナイト陛下が口を手で覆って顔を背けて、肩を震わせていた。


――ギャー!!――

――恥晒したー!!――

――というかコレ不敬罪とかにならない?!――


「も、申し訳ございません!! モルガナイト陛下、お、御見苦しいものをお見せしてしまい……!!」

「面白い物を見せてもらった。良い、気にするな」


――いや、私が気にします、心の底から――


 兄妹間の馬鹿らしいやり取りを見られたのだ、私としては恥でしかない。


「ふむ、やはり兄としては可愛い妹が美しくなる事で悪い虫がつくのではないかと心配か」

「へ、陛下?!」

「勿論です、私はストレリチアを世界で一番可愛い妹と思っています、ですので、美しくなることは何一つ不満はありません。ですが、悪い虫がつくのだけは許しがたい事です」

「……」


 兄の言葉に無言になる。

 今の兄の言葉は知らぬ人が聞けば「過保護な兄」となるだろう。

 けれど、私には痛い言葉だ。

 兄からすると私は「悪い虫」に傷つけられた、そう言う意味合いで言っている。

 遠回しに、彼の事を非難している。



 私を裏切った、幼馴染。

 私を裏切った、初めての恋人。

 私との約束を破って、他の女を選んだ男。



――彼が今の私を見たらどう反応するだろう?――


 そう思ってしまう自分の未練がましさが嫌になる。

 早く前を向きたいのに、後ろを振り向いてしまう。

 どうすれば前に進めるのか分からない。

 暗い感情が私の中にある。

 それがある事が私には辛い。

 誰かを傷つけたい訳じゃない、でも――許せない。


 許せない。

 許せない、許せない。


 私を裏切ったことが、許せない。


 でも、どうすればいいのか分からない。

 何をすれば、私はこの感情に折り合いをつけれるのか。

 どうしたら、私は前を向けるようになるのか。


 分からない、分からないのだ。





 青ざめ、その場に蹲るストレリチアを、アカシアが抱き寄せる。

「リチア、大丈夫か?」

 ストレリチアは首を振った。

「ベッドに寝かせてやってもらえぬか、今医師を呼ぶ」

「……有難うございます、モルガナイト陛下」

「礼などいらぬ」

 アカシアは頭を下げて、ストレリチアをベッドまで運び寝かせていた。


 王宮専属の医師が来たが、精神的なものと結論が出た。

 ストレリチアに、薬を飲ませ、眠らせてからアザレアはアカシアと再び応接室に戻った。

「――其方の妹は重傷だ、優しすぎるその美徳性故に」

「……」

「おそらく、愚者共の『裏切り』に耐えられなかったのだろう。己に非がなく悪意で傷つけられることに」

「……おそらく、そうでしょう」

 アカシアの言葉に、アザレアははぁとため息をついた。

「……だからこそ、ストレリチアは傷に苦しむ、前に進むことができない」

「……」

 アザレアの言葉に無言になる、アカシア。

「――もし、其方は、ストレリチアが復讐を望んだ場合、どう答える」

 アザレアは問いかける。


 復讐をして救われるかどうかなど、分からない。

 虚しいのか、それとも晴れ晴れとした気分になるのか、当人にしか分からない。


「……私は」

「其方の事だ、おそらくストレリチアの手を汚れる事を厭うだろう、それならば自分がやるというだろう――だが」

 アザレアはアカシアを見据える。

「これはストレリチアの問題だ。ストレリチアが自分で答えを見つけねばならぬ、復讐するのかそうでないのか」

 アザレアは続けた。

「もし復讐するとしても、直接的な物もあれば、間接的な物もある。復讐しないなりの『復讐』という物もある、それを選ぶのは余達ではない」


「ストレリチアでなくてはならないのだ――」






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