第7話 混乱、そしてどうして手合わせするの?~魔王の思惑~
「――ならば、私が愛そう、ストレリチア。其方の事を私は愛している、其方が分からないのであれば、共に悩もう。だから――」
「どうか、私の妻になってくれ」
――……え?――
突然の言葉に、私の心が困惑する。
――魔王が、私を、愛、する?――
「そ……そのような、お言葉は、止めてください……私は……」
――哀れみで、庇護されたい訳じゃないの、それは愛じゃない――
「私は、其方を哀れんで言っているわけではない。其方を見た時から、私は其方に傍にいて欲しい思った。私と共に生きて欲しい、傍で微笑んで欲しいと」
――でも、そうしたら私は……――
「ストレリチア、私は其方を愛している。故に、其方の意思を尊重しよう」
「……申し訳ございません、少しだけ、お時間をください」
「良いとも」
魔王は――モルガナイト陛下はそう言って部屋を出て行った。
再び暗くなる室内で、私は一人息を吐く。
――……どうすればいいのか、分からない……――
寝付くのに時間がかかったけど、何とか私は眠ることができた。
次の日にはなってしまったが。
目を覚ますと、日は高く昇っていた。
「……何しよう」
気分転換をしたくても、できない。
何せ、ここは村じゃない。
国を統べる王の城、そしてその客用の部屋。
――そもそも、元敵対者にいきなり仕事とか頼むわけないし……――
昨夜の事を少しだけ頭の隅に置いて、悩む。
村では体を動かしていた時余計な事を考えなくて済んだ。
でも、今何もすることがない現状では考え込んでしまう。
――だめ、考えないと――
頭を振って、考えたくないという思いを否定する。
『もうお前の事を愛せない』
『私が愛そう、ストレリチア。其方の事を私は愛している』
嘗て愛し、今も私が未練を断ち切れない男から言葉。
嘗ては倒すべき相手、けれども今は私に愛の言葉を告げてくれた王。
未練がましい自分が嫌いだ。
けれども、愛を告げてきた相手の立場が私からすると色々と複雑すぎる。
今までの関係とか諸々。
ノックする音が聞こえた。
扉が開き、モルガナイト陛下と、ブルーベルが、サイネリアが入って来た。
「……お早うございます、モルガナイト陛下」
何とか声を絞り出す。
「うむ。もう、昼だがな」
モルガナイト陛下の言葉に、私は息を吐きだし、髪をかき上げた。
分かってる、精神的にぐらついているのが。
精神的に無理をしていたことが。
――ああ、何か、何かすることが欲しい――
「ストレリチア、食事が終わったら、頼みたいことがあるのだが」
「……はい?」
予想もしない相手からの、予想もしない言葉に、私は間の抜けた声を出した。
「ストレリチア様、ご気分がすぐれないようでしたら、無理をなさらず」
「ああ……はい……大丈夫です」
ブルーベルにそう生返事で返してから、私は息を吐いた。
『余の配下が、其方の力量を確認したいと申し出てな。良ければその者達と手合わせをしてもらえぬか?』
――まぁ、私が逃げた後、速攻で負けて捕まったらしいから、気にはなるんだろうけども……――
――……やめよう、余計なことは考えないように――
魔装防具を身に着け、与えられた手合わせ用の剣を手に取り、軽く振る。
初めて扱う剣だが、しっくりと手になじむ感触に内心驚いた。
兵士、騎士らしき者達――まぁ、全員人じゃないのが分かるけども。
皆が決闘場ともいえるような空間の周囲に集まっている。
――見せしめか、これ?――
「ご安心ください、ストレリチア様。此処にいる者はストレリチア様の武勇を確認したい者です、貴方様を嗤うような輩は一人もおりません、もしいたなら――」
「……いたなら?」
「陛下がその者の首を刎ねてしまうかもしれません」
「……」
微笑むブルーベルのその言葉に顔が引きつる。
けれども、ほんの少しだけ安心できた。
決闘場らしき場所に上がると、既に向こうには鎧をまとった騎士がこちらを見ていた。
私ははぁ、と息を吐きだして、剣を構える。
立会人らしき小さな魔族が現れた。
「それでは――」
「始め!!」
「――妹が母の事を知っている、そう言ったのですか?」
「ああ、思い出したようだ」
アザレアは謁見の間ではなく、応接室でストレリチアの兄と会話をする。
「……」
「と言っても、完全に思い出したのは此処に来てからだ。きっかけは裏切った男の母が、同じように裏切られた事を話した事らしいが」
「……ああ、何てことだ……」
「……ストレリチアは酷く己に否定的になっていた、自分は捨てられる運命にある者だと」
アザレアがそう言えば、アカシアは唇を強く噛んだ。
「――さて、ストレリチアの兄上」
「……何でしょうか、モルガナイト陛下」
「余は其方の妹を――ストレリチアを余の后したい」
「?!」
アカシアは、一瞬驚愕の表情を浮かべたが、すぐに警戒するような顔つきに変わった。
「――お待ちください、妹は――」
「分かっている、まだストレリチアは未だ引きずっているしそういう精神状態ではない。それに私は出来る事なら其方の妹に愛された上で、后にしたい。余が愛してるからと言って妻にしたところで意味がない、余はストレリチアの意思を尊重したい」
「……」
アカシアの表情は険しい。
「とりあえず、今はストレリチアの未練を断ち切らせたい」
「……やはり、妹はまだ、あの男に未練があるのですね」
「其方と其方の祖母の育て方が良すぎたのか、ストレリチアは『優しすぎる』のだ。何もせず、仲間であることを止めて故郷に帰ったのだから。それに、男の母親の身の上に同情している程だ、責める権利があると言うのに、責めもせぬ」
「……返す言葉がありません」
アカシアが俯いた。
応接室の扉を静かに叩く音がした。
「――何用だ?」
アザレアがそう言うと、扉が開き、メイドのサイネリアが入って来た。
「ストレリチア様の件でお話しが」
「許す、話すがよい」
「モルガナイト陛下の予想通り、ストレリチア様は『加護』の力を必要としない程強いお方であることが確認できました」
「?! 待ってください、一体何を?!」
アカシアが驚愕の声を上げた。
「――ストレリチアは自己評価が今低い状態にある、故に、それを否定する要素を探していたのだ。サイネリア詳細に述べよ」
「剣術に関しては、第一騎士団団長のストール様と互角。魔術に関しては王宮魔導士レルベア様に攻撃魔術では少し劣るものの、防御魔術では上。治癒術に関しては大神官パストル様より遥か上と言うことが判明いたしました」
「成程――余の直近の配下達と一対一なら互角かそれ以上。成程、これは『勇者』共が余程間抜けだったと見える」
アザレアはくくっと嗤う。
「どういう、事です、か?」
「――加護頼りに、ストレリチア頼みで連中は来ていたのに、その自覚が全くないという事だ。そしてストレリチア自身にもその自覚がない」
「……?」
「手っ取り早く言おう、ストレリチアに思い出させるのだ、奴らがどれだけ無能だったか、どこで裏切り行為をしていたのか、そのすべてを」
「奴らには情をかける価値が一切ないと理解させるのだ」
アザレアは唇に弧を描いた。
その笑みはまさしく魔王と呼ぶにふさわしい、残酷な笑みだった。
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