第3話 敗北理由~加護ってなんですか?~
「――冗談ではないのですか?」
「冗談ではありません!!」
兵士は首を振った。
「……でも、私一人じゃ救出は無理だから諦めてください」
私はそう言って兵士を追い返そうとした。
「違うのです!! アウイナイト様でなければ、全ての国が種族が魔王に滅ぼされかねないのです!!」
兄に聞こえないよう、それでも必死に訴える兵士に私は眉をひそめた。
「……どういう事ですか?」
兵士はそう言って書状を私に、見せた。
私はそれを受け取ると、内容を読んだ。
書状の内容は簡略的に言えばこうだった。
『愚かな「勇者」共に見切りをつけた、賢き者ストレリチア・アウイナイトと会談を求める。この書状が賢き者に届いてから七度日が昇るまで待つ。会談が果たされなければ我が国を種族を滅ぼそうとし続けているお前達の国々を種族を全てを滅ぼそう』
頭痛がした。
これはおそらく魔王側直々の書状だ。
しかも時間制限があり、期間内に私は魔王と会う必要がある。
その時、私が居なかった時点で、今まであまりこちらへの攻撃行動を見せてなかった魔王側が全ての国々等を滅ぼすと言い切っているのだ。
会談の期間は今日から七日間。
その間に私が王城に向かわなければお終い、という事だ。
私が読んだのを確認したように、書状に突如7を表す数字が現れ、不気味に光り出した。
「……分かりました、城へ行きます」
流石に、魔王軍全員相手にとか言われたら私には無理な話だ。
勇者の元仲間で、ただの魔法剣士の私が立ち向かうなどできない。
何せ勇者や聖女などが負けたのだから。
「兄さん、ごめんちょっと急用ができた」
私はそう言って、旅をしていた時に身に着けていた魔装防具や、剣などを手に取る。
念のためだ。
「リチア……」
「大丈夫、大丈夫だから。お祖母ちゃんやおばさん達……村の皆の事、お願い」
私は兄にそう言って兵士の手を掴んで村の隅にいるローズの所に向かった。
ローズは私の足音に反応して体を起こした。
「ローズごめんね。リュヒテル王城まで行かなきゃならいの飛んで、急いで!」
ローズは甲高い声を上げて姿勢を整えた。
私は兵士と一緒にローズの背中に飛び乗った。
飛び乗ったのを理解したローズはその場から高く舞い上がった。
一時間程で城の中庭に着いた、もっと時間がかかるかと思ったけど早い方がいいと納得する。
「アウイナイト様ですか?! こちらへ!!」
「分かっています、それとこの子に何もしないように」
「は、はい!!」
ローズの背中から下りると、案内されるままに、城の階段を駆け上がる。
会議室にたどり着き扉を開けて部屋に入ると、むせ返る血の臭いが鼻に突いた。
一部臓物や肉片や血で汚れた室内には、顔面蒼白になった各国の使者らしき人達と陛下、大臣そして――
明らかに異常な圧を放つ、背の高い、長い金色の髪の存在がいた。
褐色色の肌に、赤紫の目の、美しすぎる男性。
だが明らかに、人と異なる証とも言える黒く、そして赤い紋様の入った頭の横に生えている二つの角。
「――其方が『勇者』と名乗る者の仲間だったストレリチア・アウイナイトか?」
静かな錆を含んだ声で男性は私に問いかける。
「――その通りです」
膝をついて頭を下げて答える。
流石に分かる、この男性が魔王だ、そして強すぎる存在だと。
「余はアザレア・モルガナイト。其方達が魔族と呼ぶ者達を庇護する立場にある者だ……ふむ、其方は立場をわきまえているようだな」
ゆっくりと魔王が近づいてくる。
「余を殺す最後の好機と見ていた輩も居たのでな」
自分の前に魔王が居る。
下手に刺激をすれば終わりな予感しか私にはない。
「――顔を上げよ」
そう言われたなら顔を上げるしかない。
私が顔を上げると魔王はじっと赤紫色の目で私を見つめた。
魔王が右手を少し動かした。
するとその手の上に、青い宝石と、赤い宝石がのせられた天秤が現れた。
「これは、真実かどうかを判別する天秤だ。故に其方に問おう」
「其方は何故、我が国に立ち入る前に『勇者』と名乗る者とそれと共にいる者達の前から去ったのだ」
――げ――
私の顔が別の意味で引きつる。
私としては言いたくない内容なのだ。
だが、魔王はそれを許してくれないだろう。
「……お嗤いに、ならないとおっしゃるのでしたら」
声を何とか絞り出してそう言うしかなかった。
嗤われたら、私の心が死ぬ。
「嗤わぬ、話すがよい」
魔王のその言葉に、私は心が悲鳴を上げるのを感じながら、全てを話した――
嘗て「勇者」が「勇者」に選ばれる前から恋人であったこと。
そして、仲間であったはずの聖女でありコーネリア王国の王女に寝取られた事。
他の仲間達が、王女が「勇者」を寝取るのに協力していた事。
その裏切り行為に、嫌気がさしてパーティから離脱し、一人故郷に帰った事。
全てを――
私が話をし終えて、天秤を見れば天秤は青い宝石の方に傾いていた。
「――成程、其方の言葉何一つ偽り無し。そして何と愚かな、誰一人、其方の力に気づいていなかったとは」
「……力、とはどういう事でしょうか?」
魔王の言葉に私は訊ねてしまう。
だって、私はただの魔法剣士のはずだ。
剣で戦える、攻撃魔法も、治癒魔法も、防御魔法も使えるし、温厚なドラゴンなら使役できる程度の力がある魔法剣士。
それ以外に何の力があるのだろう。
「其方は其方が信頼している者と自身の力を強化する力――いや加護だなこれは。そう、加護をもっている。つまりだ」
魔王は天秤を仕舞って膝をつき、私のあごをくいっと指でつかんで私を見据える。
「『勇者』とその仲間達は大して強くない、其方の加護あっての強さだったのだ。其方に関してはどうやら加護がなくとも十分強いが故に、加護がその分弱すぎる『勇者』と仲間達にいっていたのだろう。其方が居なくなったことで『勇者』達は本来の強さで戦うことになった――そして負けたという事だ」
――はい?――
魔王の言葉に、私はぽかんとする。
「え……あの、その、では……『勇者』達が負けたのは……」
「其方を裏切ったのが原因だな。そして其方が抜けたのも」
どっと罪悪感が押し寄せる。
つまりだ、この非常事態を作ったのは――
他ならない私だという事になる。
「其方の所為ではないぞ、もし仮に其方に裏切りを後で言った場合は――連中は報いを受けることになっただろうからな」
魔王は私の心を見透かすように言った。
「え?」
「其方の加護は、其方の心の平穏と直結している、それを揺るがすような輩が生きているのであれば――」
「神罰を受ける事になるのだ」
魔王の言葉に、私はもうどうすればいいのか分からなくなった。
「ま……も、モルガナイト王……貴方は何が望みなのだ……!!」
一人が声を絞り出した。
魔王は呆れたように、息を吐きだし、声の方を向いた。
「……何度言えば分かる、余はお前達の国や種族になど興味はない。余の国を余の民を傷つける行為を今後するなと私は幾度も言ったはずだ」
ぞっとする声に、私の体も震える。
「お前達の愚かさは救えぬな、だが――」
「ストレリチア」
魔王が私の名前を呼んで、再び私を見る。
「余は其方が気に入った」
「え……?」
「愚王と、その使者、配下共。余は『勇者』とその一味の処遇と、お前達の今後をこの者と話合って決めることにした」
魔王の言葉に、空気が更に凍り付く。
私は何も言えない。
「では、ストレリチア。行くぞ」
魔王が私の手を掴んだ。
「あ、その、私、ここに、その……」
「……ああ、そこにいる若きドラゴンか」
「え?」
魔王が指さしたと同時に、扉をぶち破ってローズが入って来た。
威嚇の声を上げている。
「ろ、ローズ駄目!!」
私は慌ててローズを鎮めようとする。
「よい、若き子よ。余は其方の主を害なすつもりはない。共に来るか?」
魔王がそう言って、ローズの鼻先をひと撫ですると、息の荒かったローズが落ち着いた。
人見知りはしない子だが、威嚇状態から落ち着かせるのは私以外はできないのに、どうしてと、頭の中が混乱状態に陥る。
「では、行くぞ、ストレリチア」
足元が光り輝く。
「え、あの、その――!!」
拒否することもできないまま、私は転移魔法で飛ばされた。
巨大な黒い城の前に――
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