第181話「心と心が結ばれていれば」

誓約をしなくても、心と心が結ばれていれば信義が厚く保たれる。そんなことを、誰かから聞いた気がする。でもそれは、一体誰だったか……。

「んっ」

目を覚ますと、そこにはいつもの天井があった。僕はベッドに寝転んだまま、しばらくぼうっとしていた。どうやら少し眠っていたらしい。夢を見ていたような気もするが、どんな内容なのかは覚えていない。起き上がると、隣には誰もいなかった。代わりに窓際に椅子が置かれており、そこでミケ帝国皇帝陛下が本を読んでいた。

「おはようございます、先生」

僕が起き上がったことに気付いたのか、彼女は顔を上げた。その手には、一冊の文庫本が握られていた。

「ああ……うん、おはよう」

「もうお昼過ぎですけどね。お腹空いてません?」

言われてみれば、確かにそうかもしれない。僕のお腹が小さく鳴った。それを聞かれたのが恥ずかしくて、僕は頭を掻くフリをして誤魔化した。

「あー、ちょっと空いたかも……」

「じゃあお弁当食べましょう。私が作ったんですよ!」

「え? 君が!?」

まさか彼女の口から料理という言葉が出るとは思わなかった。しかも自分で作って来たという。

「はい! ささ、早く行きましょ」

「ちょ、引っ張らないでよ」

彼女は楽しそうな笑顔を浮かべながら、僕の腕を引っ張った。なんだか今日は機嫌が良いみたいだ。僕はそのまま部屋を出て、隣のリビングへと移動した。そしてダイニングテーブルの上に広げられている料理を見て驚いた。そこに並べられていたのは、美味しそうな和食の数々だったのだ。思わず唾を飲み込んだ。

「こりゃまた豪勢な……」

「ふふん、凄いでしょ? 頑張っちゃいました」

「うん、本当に凄いと思う」

「じゃあ早速食べてください。はい箸です」

僕は彼女に促されるままに席に着いた。そして目の前に置かれている器に手を伸ばす。

「いただきます」

「めしあがれ~」

まず最初に口に入れたのは、卵焼きだった。見た目通りとても甘くて、中までしっかりと味が付いている。次にご飯を食べてみると、これも絶妙な塩加減だった。味噌汁も具沢山で、野菜の旨みが染み出しているようだった。それから魚料理であるブリの照り焼きを口に運ぶ。脂が乗っていて柔らかく、それでいてさっぱりした味わいがある。それにこのタレが絶品なのだ。甘辛さが食欲をそそり、いくらでも食べられそうだと思った。

「ど、どうですか?」

「うまっ!!」

僕はつい大きな声を出してしまった。彼女が驚いている様子だったが、そんなことは気にせず食事を続けた。しかし、こんなに美味しいものを作ってくれるなんて、やっぱり彼女は良い奥さんになるだろう。そう思った時、なぜか胸の奥がちくりとした。なんだろうか……。

「あ、あのぉ……先生?」

「えっ!? あ、ごめんなさい。あまりの美味しさに我を忘れていました」

「それは良かったです。おかわりもあるんでいっぱい食べてくださいね」

「ありがとう」

僕は再び箸を動かし始めた。結局、用意されたおかずを全て平らげてしまうほどに夢中になってしまった。彼女もそれを見て嬉しそうにしている。

「ふう、食べたぁ」

「満足しました?」

「もちろんだよ。君は天才だね」

「えへへ……もっと褒めてくれても構わないですよ?」

「じゃあ遠慮なく」

僕は彼女を引き寄せると、ぎゅっと抱きしめた。そして彼女の耳元で囁いた。

「可愛い子猫ちゃん、愛してるよ」

「…………」

すると彼女は頬を赤らめて俯いてしまい、僕の胸に顔を押し付けてきた。

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