第138話「話をしているときも、黙っているときも、何をしているときも」
「話をしているときも、黙っているときも、何をしているときも、これ修行なり」
和尚の言葉に私は
「そうですな。そう思います」
と応えた。しかし心の底では、これは少し違うのではないかと思っていた。それは私が未熟だったからかも知れないが、何となく釈然としなかったのである。
それにしても、この和尚は偉い人だと思った。そして、そんな偉い人がこんな山の中にいるということは、やはり世間には、まだまだ私のような人間がたくさんいて、しかも、そうした人間を救ってやらなければならないという責任を負っているのだと感じた。
「ごちそうさまでした」
食事を終えて外へ出ると、あたりはもう薄暗くなっていた。寺の裏手にある墓地の方角からは、まだ子供たちの声が聞こえていた。私は、この和尚に礼を言い、そして別れることにした。
「お気をつけて」
と、和尚が言った。
「ありがとうございます失礼します」
私は頭を下げて、歩き出した。すると和尚が追ってきて私の肩に手を置いた。
「ちょっと待った!」
「え?」
「あんたは、どこへ行くんだね」
「あ……あの、ぼくはこれから町へ行って、家に帰るところなんですけど」
「この町か? この町は、ここからだと三里ほどあるぞ」
「はい、そうなんですよ。だから、急いで行かないと」
「なるほど、それであんた、何か困っていることはないか?」
「いえ別に……」
「そうかね。まあ、いいだろう。わしが送って行こうじゃないか」
「はい? でも和尚さんは、お忙しいんじゃありませんか」
「いや、大丈夫だよ。どうせ暇なんだから」
「……」
私は呆気に取られてしまった。和尚は私について来ながら言った。
「わしはな、実は今朝方までここにいたんだよ」
「はい」
「だが、あんたが来て帰ると言うんで、それじゃ一緒に帰ろうと思って待っていたんだ」
「そ、それはまたどうしてですか?」
「うん、それがな、わしにもわからねえんだ」
「わかりませんって……」
「ただ、なんとなく、あんたと一緒に帰った方がいいような気がしてな」
「はあ……」
「それに、あんたなら悪いようにはしないだろうと思ったのさ」
私は返事をする言葉がなかった。そのまま流されるままに和尚と一緒に町に行った……。
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