World Of Color

坂田メル

Kitty In The Cage

第1話

 あの、電話さえなければ、と今でも思うときがある。あの電話さえなければ私の人生は今とは全く違うものになっていただろう。






 ▽





 世界人口の2割程度が他人とは違う不思議な能力を得るようになった。

 ある人は一瞬で複雑な数式を暗算で解いてしまったり、またある人は一度聴いただけの長い音楽を完璧に演奏することができるのだとか。共感覚やサヴァン症候群に近い。

 そういう人たちが実際にいることは知っている。けれど私のような一般人はめったに彼らに会えないのだ。その類いまれな才能を国のために使う代わりに、彼らは身の安全を確保されているから。


「アリス!ねぇアリスってば!」


 名前を呼ばれてラップトップの画面から目を逸らしてそちらを見た。


「メアリー。どうしたの?」

「どうしたの?じゃないわ!ランチ行きましょってずっと言ってるじゃない!」

「え?やだ、全然気がつかなかった。ごめんなさいね」


 メアリーは私が5歳のころからの親友で、小学校から大学、そして今の職場まで全部同じ。近すぎず離れすぎず良い距離感を保ってくれる気の利く素敵な親友だ。


「ね、そういえば聞いた?」


 注文したメニューが届くまでの間にメアリーが小さな声で話す。噂好きの彼女は毎日いろいろな噂話を持ってくる。


「なあに?」

「営業のルーカス、また女性を振ったらしいの。ほら受付のミアンいるでしょ?あの子が昨日彼に告白したんだけどルーカスってばバッサリ断っちゃって」


 ルーカス・アスベルトと言えば社内で知らない人はいないだろうというほどの人気を誇る私やメアリーの同僚だ。頭脳明晰でエリート街道まっしぐらな彼に憧れる女性は多く、みんな彼のパートナーになろうと必死なのだ。


「ミアンとっても可愛いのに勿体ないわねぇ」

「ほんと。あいつの理想の彼女ってどんな感じなのかしらね」

「さあね。どっちにしろ、私に関係ないもの」


 運ばれてきたサラダをフォークでつつきながら言う。実際、私は別にルーカスをそういう目で見てはいない。


「……まだ好きなの?のこと」


 メアリーの言葉に1つ頷く。


「好きっていうか……忘れられないの方が近いかもしれないわ」

「……そう。私はお似合いだと思うんだけどな、アリスとルーカス」

「またその話?メアリーも飽きないわね」


 メアリーはことあるごとにそう私に言う。あり得ない話だ。何もかも完璧超人のハイスペックイケメンのルーカスと何もかも中の上くらいの私。釣り合わないどころか最初から天秤に乗れもしない。


「だって……ルーカスと一緒になった方が幸せになれるわ。絶対」

「絶対?」


 真面目な顔で言い切るメアリーに笑いが溢れてくる。確かにそうかもしれない。もう二十年近くも会っていない人を恋慕うよりも、同僚に憧れを抱く方がよっぽど健全だ。


「でもね、メアリー。私良いのよ、これで。あの人を忘れるにしても会って気持ちの整理を付けなきゃ出来ないことだと思うの。でも彼もういないし、それは一生出来ないのよ」


 だから、良いの。ずっと彼を想ってるわ。

 そう言うと親友は心底辛そうな顔をした。








 ▽






 仕事が終わり、住んでいるアパートに戻ってきたところで電話が鳴った。

 ディスプレイには知らない番号が。恐る恐る通話ボタンを押す。


「もしもし?」

『こんばんは。アリス・キャメロンさんで間違いありませんか』

「え、ええ。あの……どちら様ですか?」

『ああすみません。トーマス・ウィリスという者です。急なことで申し訳ないのですが今から言う住所の所へ来ていただけますか』


 そう言われ、私は慌てて近くにあった紙にペンで住所をメモする。ここからバスで20分くらいの場所だ。


『詳しいことは言えないのですが、私の名前を出していただければすぐ建物に入ることができます。それから私は警察関係者なのでご安心ください』


 それではまた。その言葉を最後に電話は切られてしまった。


「ど、どうしましょう。行った方が良いのかしら。いえ、良いに決まっているのだけど」


 相手の方は物凄く急いでいるようだった。もし私が行かなかったら彼、すっごく困るんじゃないかしら。

 そう思ったらもう駄目だった。ふと脳裏に他人にいらない迷惑をかけるなという祖母の口癖が蘇ってくる。

 私は仕事用のバッグにメモを突っ込んでアパートのドアを開けた。

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