第20話 予言者

 足取りが重い。何かやらかしてしまっただろうか。サスタスの後を歩きながら創士は記憶を辿る。しかし特に思い当たる節はない。むしろ今まで魔王に対し何もしなかったのが問題なのかもしれない。そんな事を考えていると、魔王の待つ大広間へと到着してしまった。


 この場所を訪れるのは召喚された時以来だ。あの時と違うのは、ここに魔王とサスタスしかいない事だけである。サスタスに促され魔王の前に立つ。魔王の表情は決して好意的なものではなかった。


「沖田よ…。サスタスから話は聞いておる」


 創士はサスタスを見た。その整った顔には貼り付けた様な微笑みが浮かんでいた。


「我が娘、デッドアイを連れ回しているらしいな」

(いや、逆です。逆)


 創士は粗相の無いように言葉を選んでから返答する。


「働かざる者食うべからず、という事でデッドアイ王女は毎朝私を清掃現場へ引っ張って行き、仕事を与えてくれます」

「毎朝!ま、まさか一緒に寝たりしておらんよな⁉︎」

「してないです!してないです!」


 首も手も横に振って否定する創士。


「これもサスタスに聞いたのだが…」


 創士はごくりと唾を飲む。


「他の娘達も連れ回しておるのか?」


 サスタスの顔を睨むように見る。彼は唇をギュッと閉めて笑い出すのを堪えている。


(こいつの仕業か…)


 創士は咳払いをして、どうにか上手く言い訳ができないか考えた。


「あー…。魔王様。デッドアイ王女から話は伺いました。全種族の平和を願うお気持ち、感服いたしました。私のいた世界では人類皆平等と謳いながら同族で殺し合っております。こちらの世界に召喚され、魔王様のお考えを王女様よりお聞きした時、是非お手伝いさせて頂きたいと思いました。その為にまず、こちらの世界の事を何も知りませんでしたので、各種族の方と仲良くなろうと思った次第であります」


 それらしい理由をそれらしい口調で述べてみた。これで納得してくれると助かるのだが。魔王は頬杖をつきながら口を開いた。


「この世界の事を聞きたいのであればサスタスに聞けば良かろう」

(そりゃそうですよね〜)


 当たり前のツッコミをされて、またしても陳腐な言い訳をしてしまう。


「サスタス様もお忙しそうでしたので」

「王女が暇だとでもいうのか?」


 会社で上司に怒られるような気分だ。まぁ今回は上司よりも遥かに上の立場の人なのだが。


「すみません。ヒトに一番近いデッドアイ王女に、つい親近感が沸いてしまいまして…」

「まぁまぁ魔王様。彼も急に召喚されて右も左も分からない状況で、デッドアイ王女に親近感を沸いてしまうのは仕方がないでしょう。沖田殿を連れているデッドアイ王女は、まるでマーシャ様のように明るく楽しげでしたよ」


 突然サスタスが助け舟を出してきた。しかし『ありがとう』という気持ちが全く起きないのは、この呼び出しの件が、彼の伝え方の問題であるせいだろう。

 

「マーシャか…。これもヒトの血か…」


 魔王は遠い目をして思いを馳せる。創士はどうしたらいいものな分からず、ただ立っているだけだった。


「よいか?沖田よ。」


 魔王は創士の目をジッと見据えて言う。


「私が言うのも何だが、あれもこれも手を出すのはやめて、1人に絞るのだ」

「……はい?」

「だからな、伴侶にするなら……」

「ちょっと⁉︎話が飛びすぎですって!」


 サスタスは小刻みに震えながら片膝をついて笑いを堪えている。




―――王都 王城――――


 この日、円卓に集まった指揮官達。一部の地域の者は間に合っていないが、すでに到着している者は王を上座として左右に綺麗に分かれて座った。


「皆、よく集まってくれた。まだ全員ではないが先に始めるとしよう。本題の前に北方担当のチスタより話がある」

「はい、報告させて頂きます。先日、ドラゴンマウンテン山頂にて、大きな魔力爆発を感知しました。偵察隊の報告によると山頂付近から岩が大量に転がり落ちてきた形跡があるとの事です」


 大臣がすかさず口を挟む。


「これはマスタードラゴンが動き出したに違いない!」


 顎髭を蓄えた屈強な男がそれを聞いて笑う。


「あの老いぼれドラゴンがか⁉︎もう何十年も動いておらんのだろう?」

「全てのドラゴンのトップが動き出したのかもしれんのだぞ⁉︎悠長に構えている場合か⁉︎」


 大臣は机を叩きながら声を荒げた。


「そうは言っても…ねぇ?一体どうするってんだい?」


 女性指揮官は気怠そうに尋ねた。


「やられる前にやる。全軍で奴を討つ」


 何を勝手な事を言い出すんだと言わんばかりの表情で指揮官達は大臣を見る。大臣は続けて言う。


「それでよろしいのですよね?」


 王様の方を見ながら問いかける大臣の顔には醜い笑みが溢れている。


「うむ。大臣の言う通り、一点集中で奴を討つ。ドラゴン族を討つことは魔物の戦力を大幅に削れるだろう。不意打ちでも構わん。皆、案を出せ」


 指揮官達は最近の王の強行策に懐疑心を持っている。以前ならば、このような重要な作戦は自分達の意見を聞き慎重に進めていたのだが、最近は王と大臣の間で全て決まっている。命を落とすのは現場の人間だというのに…。




―――魔王城――――


 その後も色々と質問をされた創士。あまりにも長いので、途中でデッドアイが乱入し『掃除の途中だから』という理由で創士を引き摺っていった。

 魔王は複雑な感情で2人の後ろ姿を見送った。


「助かりました。魔王様の質問攻めが長くて長くて…」

「いつまで経っても帰ってこないから心配したわよ。まぁいいわ!それよりもムルトゥのエリアって何か臭くない?」

「あの魔物ってオオカミですかね?あれがその辺でおしっこしてるんじゃないですか?」

「あー、それかも」

「尿の匂いはクエン酸で落ちると思うんですが、魔物も一緒なのかな?」

「クエンサン?」

「レモンの汁とかに含まれてるんですけど」

「レモン?」

「サスタスさんに聞いてみましょう」


 デッドアイにサスタスを呼んでもらい、柑橘系の果物があるかどうか訊ねる。『リネス』という果物があるらしい。


「わかったわ!創士、王都に行くわよ!」


 創士は思った。このまま行けばこのイケメン野郎は、また魔王にある事無い事報告するだろう。なので今回は予防策を取らせてもらう。


「アイ様、ちょっと待って。今回はサスタスさんも連れて行きましょう」


 王都に行くのはお忍びだ。サスタスも共犯にしてしまえば、そう簡単に言いふらすことは無いだろう。


「沖田様、残念ですが私は羽が生えておりますので、人里に行くと目立ってしまいます」

「あら?アナタ変身の魔法使えるわよね?」


 デッドアイに指摘され微かに舌打ちしたのを創士は見逃さなかった。


「今回は仕方ありませんね。お供しましょう」


 『今回は』ということは、やはり狙ってやっているのだろう。創士は呆れながらも王城へのゲートを開いてもらう為、ミシオンの部屋へと向かった。



 サスタスが2人の後ろを歩いていると、物陰からフィティアがこちらへ来るように手招いている。サスタスは創士達に気付かれぬようフィティアに近づく。


「どうしました?」

「沖田さんに赤黒い影が見えました」

「例の『予言』ですか?」

「念の為、注意してもらえますか?」

「分かりました。後で『これ』をミシオンに渡してください」


 フィティアは『それ』を受け取ると、お気を付けてと言い残し去っていった。

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