第17話 ドラゴン洗浄部隊

 朝、静かに扉が開いた。


「お、おはよう…ございます。」


 デッドアイがロング丈のメイド服を着て部屋にやってきた。前回教えたようにお淑やかな振る舞いが出来ている。うんうんと頷く創士。


「それではアイ王女、今日は泥で汚れちゃうと思うので、汚れてもいい服に着替えてきてください」

「やってられるかー!せっかくアンタが喜ぶと思って言った通りにやったのに!」

「いや、せっかくのメイド服が汚れたら嫌じゃないですか」

「汚れてもいい!アタシ今日はコレを着る!」


 アイ王女をからかうのは正直面白い。僕がこの世界で不安なく生きていけるのは、この王女の底抜けの明るさがあったからだと思う。


 創士は今日の長老ドラゴン清掃計画の為に、前日各所にお願いをしていた。


 まずオーリリーとブランに手伝ってもらえるようお願いをした。それと手の空いているオーガ、オークもいたら連れて来て欲しいと。ムルトゥも廊下を歩いていたので、ついでにお願いしといた。


 次にガンバスに大きな『たがね』を作ってもらった。きっとオーガ達ならばハンマー無しでも削り作業が出来る筈だろう。


 早速、長老ドラゴンの元へ向かう。ゲートを出ると長老の前にエーデルが立っていた。創士は手を振って挨拶をする。


「エーデルさん!来てくれたんですね、よかった〜」

「なんでアンタがいるのよ⁉︎」


 デッドアイが噛み付くように言葉を吐いた。


「当たり前じゃない!お爺様を綺麗にするのに私がいるのは当然でしょ?アナタこそ、そんな変な服を着てこんな所で何をするつもりかしら」

「これはね!異世界で掃除をする時に着る服なの!こんな事も知らないの〜?」


 角突き合わせて口喧嘩する2人の間に割って入る創士。


「まぁまぁアイ王女、エーデルさんのお爺さんを思う気持ちを馬鹿にしてはいけません。エーデルさんも今回は人手がいるんです。せっかくアイ王女も手伝ってくれるんですから仲良くしましょうよ」


 いつもの事なのか、創士以外は全員静観していた。


「アンタなんでワタシは『王女』って呼ぶのにエーデルは『さん』なの?ワタシの事もフランクに呼んでいいわよ!ほら!」

「いや、アイ王女は王女じゃないですか……。あれ。もしかして…エーデルさんって王女?」

「あなた、私を知らなかったわけ?」


 途端に大爆笑するデッドアイ。


「ア…アンタ!一般魔族だと思われて…ヒィー!お腹痛い!」


 今にも1発ぶん殴ってやろうかと言わんばかりの顔でエーデルは創士を睨んだ。


「私は第一王女、エーデル・フルブラン・ドラゴニアよ!覚えておきなさい!」


 未だ爆笑するアイ王女を背に、創士はすみませんと頭を下げた。




「では、作業工程を説明します。まずこの鱗に付いた泥のような物を見てください。このウォーターガンで洗おうとしても……この通り、上の層しか剥がれません。なので物理的に…」


 創士はたがねをハンマーで叩き、泥を削った。


「このように下の層を壊します。先程オーリリー王女部隊にお渡ししたのはコレのデカイ版です。僕は力が無いのでハンマーを使いましたが皆様なら無しでもいけるでしょ?」


 オーリリーは「おう!」と力こぶを作って答えた。


「あとはウォーターガンで綺麗にします。ウォーターガン部隊には先行して水を散布して頂き、少しでも泥を柔らかくしてもらいます」


 創士はウォーターガンをデッドアイ・ブラン・ムルトゥ・エーデルの4人に渡した。ムルトゥとエーデルは初めてなので基本的な使い方を教える。


「魔力を流し過ぎると、鱗を傷付けてしまうので気をつけて下さい。でも散布するときは全力でもいいですよ。上に向けて雨みたいにして頂ければ」


 そういうと早速デッドアイがエーデルに突っかかる。


「ワタシがこの辺全部濡らしてあげるから、アナタはあっちの隅っこでも濡らしてなさい」

「は?魔龍人の私に魔力で勝てると思ってるの?」

「ならここでハッキリさせようじゃないの!」


 2人は上空へ向けてウォーターガンを構える。創士の目でも分かるほど魔力のうねりが2人を包む。


 2人同時にトリガーを引く。


 ――バンッ!



 破裂音と共に消火用ホースから水を出しているような水量が天高く舞い上がった。


「壊しやがった…」


 ダムの放水かと思うほどけたたましい音を立てて水を吐き出す2人。


「もう濡らす工程はお二人に任せますね…」

「任せなさい!あら?エーデル、少し弱くなってきたんじゃない?」

「あら?アナタ、さっきから同じ所ばかり…趣旨理解してる?」

「……!」

「……!」


 この2人、結構いいコンビなのかもしれない。


「それでは僕たちは綺麗にする方に専念しましょう」


 ブランとムルトゥは呆れたように苦笑いをした。


「オーリリー王女、そちらの指揮は任せても良いですか?」

「おう!任せときな!オイ野郎ども!長老様を傷付けるんじゃねーぞ。『大胆かつ繊細に』だ!」


 オーガ達は勝鬨をあげるように「応!」と叫んだ。




―――王城―――


 王子というのは物語で悪く書かれがちだが、こちらの王子も例外ではないようだ。


「おい、東の遠征部隊はまだエルフの村を見つけられないのか!」

「はい、報告は上がってきておりません!」

「使えねーな!おい、部隊長を左遷しろ」

「ですが…」

「つべこべ言わずにやれ!それともお前も一緒に…」

「かしこまりました」


 この王子、好き勝手に部隊を動かしては私利私欲の為に魔族の村々から略奪したり、奴隷としたり、やりたい放題であった。


 王子専属の執事は語る。昔は優しい純朴な少年であったと。しかし、王が魔族廃絶を謳ってから少年は変わってしまった。まるで悪魔でも乗り移ったかのように。

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