第10話 万病に効くってホント?
バタンッ!
「起きなさい!行くわよ!」
掃除を始めて3日目。こうして毎朝叩き起こされる。学生の頃はこうして幼馴染が家に起こしにきて…なんて妄想もしたりしたけど、昼夜のわからないこの魔王城。やはり朝日というのは人間にとって必要なものなのだと気付く。
毎日アイ王女は楽しそうに壁を洗浄している。時折その銃口をこちらに向け、いたずらっぽく笑う。そしてビショビショにされるのだ。
僕は休憩時間に鍛冶場へお邪魔して炉の近くで身体を暖める。服を乾かすのも目的である。その間もデッドアイは鼻歌交じりに洗い続けた。
炉で暖まってるついでにガンバスに長靴、レインウェア、ゴム手袋が作れないか聞いてみた。やはり服飾系に関しては専門外だそうだ。これはまたサスタスにでも相談しよう。
それにしても広い。3日目にしてようやく7割という所か。コレでまだデッドアイの部屋周辺ってのが笑える。魔王城の全体図ってどうなってるんだろうか。絶対に迷うので一人で探索はやめておこう。
―――そして4日目に事件が起きた。
朝、バタンッと開くはずの僕の部屋のドアが開かなかったのである。まぁそんな日もあるかと作業場所へ向かうがデッドアイの姿はない。鍛冶場へ行くが誰もいない。外にブランが見えたので窓を割って、ブランに尋ねる。今日はまだデッドアイを見ていないとの事だ。ガラスは腕輪を付けてれば修復できた。
「うーん、寝坊かな?」
それしか考えられなかったが、絶対に入るなと釘を刺されている。
(…しかしこれは『押すな押すなは、押せ』理論か?)
正直あのハイテンションが急に無くなると寂しい。まぁ怒られてもいいから、次はこっちから突入してやろうとデッドアイの部屋に向かった。
扉の前に着く。気分は寝起きドッキリの撮影…いや、部屋に突入するのだから格付け番組の青と赤の扉に入るアノ感じに近い。覚悟を決めてバタンッとドアを開けながら、
「おはよーございます!」
元気よく高らかに挨拶をしたが、反応はない。
「てか、汚い!」
部屋の中はTVでよく見た『片付けられないOL』みたいだった。服は散乱し、ゴミも山積み。元の世界と違って弁当のゴミとか酒の缶とかが散乱してないのは幸いか。ほとんどが服飾品や魔道具といったものだった。
「それで入るなって言ってたのか…」
部屋の奥に微かに動く物体が見えた。王女だ。普段とは違うラフな姿にドキドキしてしまった。
「…あ…んた、何…入って……るのよ…」
息も絶え絶えに喋る王女は確実に体調が悪そうだ。こういう場合、人間だったらどうすればいいか分かっているが、ここは異世界、そして相手は魔族。自分の経験など全く役にはたたない。
「すぐ戻ります。ちょっと待っててください!」
廊下に出るとオーリリーが歩いているのが見えた。
「リリー王女!すいません、緊急事態!」
「なんだ。どした?」
「アイ王女の調子がおかしいんです。僕は魔族の体の事分からないんで、見てもらえませんか?」
「そっか、人間だもんな。うっし!行くか!」
リリー王女と共に部屋の中へ入る。
「邪魔するぜぇ…ってオイ!どんだけ散らかしてんだよ!」
(そうだよな〜、これが普通じゃないんだよな。ちょっと安心したよ)
「アイ。大丈夫か?」
「リリー…?…あなたまで…勝手に……」
「んな事言ってる場合か?沖田のやつ心配してアタイを呼んだんだよ。『乙女の体を触るわけにはいかない』ってよ!ッハッハ!」
そんな事、一言も言ってないと思っているとリリーはデッドアイの首に手をやった。
(へぇ、魔族は首で熱を測るのか。まぁ角が邪魔な場合もあるだろうしな)
「ただの風邪だな。オメー最近ずっと掃除してただろ。休憩もせず濡れたままで。そりゃこうなるわな」
確かにレインウェアも着ずに、ずっと仕事をしていた。魔族といえども風邪になる理由が、あまりにも人間くさくて笑ってしまった。
「とりあえず大人しく寝てな」
「でも…」
「黙って寝てろ!」
そう言ってリリーはアイの頭に手刀を打ち下ろした。
部屋を出るとリリー王女が開口一番に言った。
「なぁ、オメーあいつに元気になってほしいよな?」
「そりゃまぁ、はい」
「飲んだら1発で元気になる薬草があるんだけどよぉ、行くか?」
「そんなものあるんですか?」
「あるんだなぁ!これが!…行くか?」
「行きます!」
「しゃーねーな!お前がそんなに頼むなら付いて行ってやるよ!」
そう言って僕の肩をバンバン叩く。
―――魔樹の森―――
「着いたぞ」
「ここ…ですか」
ここは魔王城から少し離れた場所にある。空は晴天だが森の中は薄暗い。創士は虫があまり得意ではないので、正直森の中には入りたくない。
「ほーら、歩け。チャチャっと採って帰るぞ!」
そう言ってリリー王女は僕の背中を押した。
「ぼ、僕が前歩くんですか?」
「そうだよ!あくまでもお前がアイの為に薬草を取りに行くのをオレが手伝うんだ。大丈夫だって!いいか?ほら、ここから獣道みたいになってるだろ?とりあえずココを進みな」
創士を先頭に2人は森の中を進む。何度かリリーから進路変更の指示があり、それに従い進む。歩いていると耳の側でブォン!と風を切り裂く音がして驚いた。
「うわぁ!なんですか今の?」
「悪りぃ!ちょっと暇だったんで素振りをな。いいから前を見て歩け、転ぶぞ」
その後も何度か素振りをされる。その度にビクッとしてしまう。なにせ僕の身体程もある棍棒だ。当たったらひとたまりもないだろう。
小一時間歩いたところで、リリーが肩を叩いた。
「おい、見ろ。あそこだ」
前方に森が開けている場所があった。そこには巨木が倒れている以外は何もない。
「アイツか…。見ろ、あそこだけ桃色の葉っぱが生えているだろ?」
「はい、あれがその薬草ですか?」
「そうらしい」
「え?知らないんですか?」
「前にフィティアに聞いたんだよ。『万病に効く薬草』があるって。場所も特徴も一緒だし間違いねぇ」
「誰ですか?それ」
「あー、まだ会ってねぇか。ま、そのうち教えるさ。とにかくパパッと採ってこい!」
再び薬草に目をやると、巨木が呼吸しているのに気付く。
「リリー王女…。あれって魔物ですよね?」
「そりゃそうだろ」
「そうだろって…死んじゃいますよ!あんなデカイの!」
「大丈夫だ。アイツは魔力を感知すると起きるけど、お前魔力無いだろ?そーっと行って帰って来い!」
「無茶ですよ!」
「アイに良くなってもらいたかったんじゃねーのか?」
「うぐっ…」
仕方ない。切り替えよう。手順通りに正しくやれば死ぬ事はない。これはビルの上からロープで下がる時も一緒だ。毎回、落ちたら死ぬという考えが頭をよぎるが、「コレも仕事だ」と切り替えて平常心で取り掛かる。これが大事なのだ。
今回も、そーっと行って採って静かに帰ってこればいいだけ。なんて事はない。僕は静かに歩き出した。
あっさりと薬草のところまで辿り着く。桃色の部分だけを取るように枝を折った。パキッ。
巨木が動き出した。ゆっくりと起き上がるように。僕は恐怖のあまり動き出せずにいた。
『走れ!』
リリー王女の声が耳に突き刺さり、我に返った創士は後ろへと走り出した。ズンっ、ズンっと自分の後ろで巨木が歩いている音が聞こえる。周りを影が覆い、後ろを振り返る。巨木が振り上げた手を、まさに僕の脳天めがけ振り下ろす瞬間だった。
「オラァ!」
ミサイルの如く、何かが巨木へと飛んでいった。ソレが巨木の手に当たると、手は後ろに弾かれ巨木も後ろにヨロヨロと後退した。跳ね返った「何か」を空中でキャッチしたオーリリーは、着地と同時にこちらへ向かって走る。創士を小脇に抱えたオーリリー。
「退散退散!」
脱兎の如く来た道を逃げ出した。
―――魔王城―――
「死ぬところでしたよ!」
「アハハ!危なかったな!」
デッドアイの部屋前に到着する。
「それじゃ、アタイはこの辺で。あ、くれぐれもアタイと一緒に取りに行ったって言うなよ。お前が一人で採りに行ったんだからな!」
リリー王女の気迫に押され「分かりました」と答えると、リリー王女は満足そうに帰っていった。
(一体なんだというのだろう?)
コンコン。「失礼します」と扉を開ける。足の踏み場も無い部屋を道を作りながらベットまで近づく。
「アイ王女、気分はいかがですか?」
「…しんどい……」
「あの、コレよかったらどうぞ」
「……アンタ……コレ…何か分かってる?」
「リリー王女から聞いたんです。『万病に効く薬草』ですよね」
「……そういうこと……」
「良くなってもらおうと思って、場所を聞いて採ってきました」
「…………ありがと。でも、危ない事は…やめてね?」
「はい、では帰りますね」
創士が部屋を出ていく。デッドアイが寝返りをうつ。サイドテーブルには創士が持ってきた桃色の薬草。逆さまにするとハートにも見える葉の部分を見ながらデッドアイは小さく呟いた。
「知らないって罪よね…」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます