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「せ……なんてこと言うんですか!」
「だーいじょーぶ、だーいじょーぶ。誰も聞いていないって」
アゼルは、ちょうど通りかかった中央庭園に足を向けると、噴水の横にあったあずまやの台に荷物をおろして腰をのばした。
「あー、重かった」
「聞いているとか聞いていないとか、そういう問題ではありません!」
「もう、レイラは相変わらずだなあ」
そういうと、アゼルはふいにレイラに顔を近づける。とっさのことにそのままの姿勢で固まってしまったレイラの眉間を、アゼルはぐりぐりと指でほぐした。
「ほら、笑ってごらんよ。もともとレイラってちゃんとした美人なんだから、そんな顔してたらもったいないじゃない。ね?」
そう言ってアゼルは、真っ赤になっているレイラをにこりと見下ろす。その余裕が、レイラは気に食わない。
だいたい、レイラの方が三つ年上なのだ。小さいころはべそばかりかいて何かといえばレイラのあとを追ってきたものなのに、いまや余裕の笑顔で見下ろしてくるのはアゼルの方になってしまった。年頃を過ぎたアゼルはにょきにょきと大きくなり、レイラの方が見上げなければならなくなったのはいつの頃からだろう。それがレイラには、なんとなく気に入らない。
(なにさ。私が何度あんたのおねしょを隠してやったと思ってんのよ)
「そういやレイラだっていい歳なんだからさ、そろそろいい縁談とかないの?」
「ございません」
「ふうん」
くすくすと笑いながら、アゼルは言った。
「でも、カトラー領のゾル男爵の次男坊とお見合いの話があったでしょう?」
アゼルの言葉に、レイラはあからさまにぎょっとする。
「な、なんでそれを……」
「さあ。なんでかなあ。それで、どうなったの、その話」
「あ、あれは……」
視線をさまよわせながら、レイラがぽつぽつと言った。
「確かに、ゾル家のルロイ様と、というお話はありましたけれど……あちらからお断りがありました」
身元のしっかりとした年頃(若干過ぎつつあるが)の女官長であるレイラに目をつける貴族は、案外多い。
今回話を持ち掛けてきたのはゾル家の方からだった。なのに、顔合わせを待たずに、突然この話はなかったことに、という趣旨の手紙を受け取ったのは夕べのことだ。
一体どこでだめと判断されたのか。結婚する気はさらさらなかったが、一方的に断られたことに対しては、レイラは複雑な思いを抱いていた。
「あの次男坊さあ、まじめなふりしてるけど、裏じゃ結構遊んでんだよねー。カトラー伯のとこの末娘にも手を出してて、うっかり孕ませちゃったんだって。それであわてて遠くに結婚相手を探して、レイラに狙いをつけたみたい。巧妙に隠していたけど結局カトラー伯にもばれて、男爵家は今大変らしいよ?」
「へ?」
行儀悪く台に腰掛けながら言ったアゼルに、レイラはきょとんとする。
「よかったね。そんなとんでもない男と結婚することにならなくて」
邪気のない笑顔を向けられて、レイラは首をかしげる。
「それは確かにそうですけれど……どうしてアゼル様がそんなことをご存じなんですか?」
レイラでさえ、手紙をもらったのは夕べのことだ。なのになぜ、アゼルがそのことを詳しく知っているのだろう。
「そこはほら、風の便り、ってよく言うじゃない」
「はあ……」
アゼルはにこにことしたままだ。その笑顔がいつもより二割増しだということに、レイラはようやく気づく。
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