掃除機

@omuzig

掃除機

旦那は、本当に掃除機が好きな男だった。


掃除機が好きというか、家事の中でも掃除機をかけることが好きというか、何かあればあの黒くて軽いスタイリッシュなボディの新作掃除機を握っていたような気がする。


お互いに共働きだったので、家事はお互いに協力し合おうというで、特に役割分担はしていなかった。


できる方ができることをする、それが我が家のルールだった。


基本的にわたしは定時で仕事を切り上げることができるので、食事全般はやっていた。


旦那もゴミ捨てくらいは協力してくれた。


しかし、お風呂掃除をしたところは見たことがない。


まるで、過去にお風呂で何かあったのかと疑問を抱くほど、結婚して20年、お風呂でたわしをごしごししているのを見ない。


それでも掃除機を使った掃除は好きなようで、丹念に掃除機をかけてくれるのでそれだけでも十分に助かっていた。


そんなわたしたちが大喧嘩をしたのは、些細なことだった。


それは、夫婦となって初めての大喧嘩だった。


夕食後、お皿を片付け、次の日のお弁当の仕込みをし、洗濯機にたまっていた服を洗い、軽くリビングを掃除して、一息つくためにソファで読書を始めたときだった。


ゴーッと竜巻のような轟音が響いた。


音がする方を見ると、旦那が黒光りする掃除機を軽やかに滑らせていた。


その日は、私は月に1回訪れる生理だったということもあり、仕事の疲れがたまっていたせいもあってイライラを感じやすかったのだろう。


私は沸かした風呂のように、怒りを煮えたぎらせ、旦那に熱湯をかけた。


熱湯をかけたというのはあくまでも比喩で、そのくらい熱く喧嘩を吹っ掛けてしまった。


夕食後に少し静かにゆっくりしたかっただけなのだ。


ささやかな読書の時間を台無しにされて嫌だったのだ。


そこから、お互いの短所の悪口になり底無しの喧嘩が始まった。


そして怒りが頂点になった私は、


「そんなに好きなら掃除機になればいい」


とこれまでの家事の愚痴を吐き捨てて振り向きもせずに勢いよく寝室に戻った。


真っ暗な部屋の中で、はっと我に変えると、なぜあんなにも厳しい言葉を言ってしまったのだろうと、後悔の念が後から後から湧いてくる。


寝室を出てすぐに謝ろうと思ったが、そのあともずっとゴーッと掃除機の吸引音がなりやまなかったので、明日お互いに頭がスッキリしたときにちゃんと話そうと決めた、眠りに落ちた。


その晩、掃除機の音は鳴り止まなかった。





翌朝、旦那の姿を探したがどこにも見当たらなかった。


機嫌が直らず先に出勤したかと思うが、会社用の鞄があったのでそうではなさそうだ。


それであれば、電話を掛けてみようと、携帯電話がある寝室に戻るときに、あの掃除機が目に入った。


今年の夏に買ったばかりの新作。


昨日旦那が一晩中かけていた掃除機。


黒光りするそいつは、旦那の不倫相手のように見えた。


私から旦那を奪った、憎らしい奴。


しかし、違和感はそこではない。


新作の掃除機の隣に見たことがない掃除機が理路整然と立っていた。


それは、旦那が好きな深緑色をしていた。







それから、旦那の結婚指輪が見つかった。


見つかった場所は、黒光りする掃除機のダストボックスから発見された。


それは、警察に捜索願いを出して暫くしてからだった。


今でも旦那は帰ってこない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

掃除機 @omuzig

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ