第6話 ほらっ

(不覚……)




部活が終わって部員のみんなが帰宅した後、麻央は一人部室の前でへたり込んでいた。


高熱を押して練習をした挙句、精魂尽きて動けなくなってしまったのだ。




(さて、どうしたものか……)


「ハァ……、ハァ……、ハァ……」


高熱で息も上がり、まともに考えることも出来なくなっていた。


スマホで部員の誰かを呼ぶこともできるが、部員たちに自分の無様な姿を見せるのは何としても避けたい。


かといって、自分一人ではどうにもならない。




「どうした麻央?」


部室に忘れ物を取りに戻って来た勇太が、偶然麻央を見つけた。


「ふんっ、別に……」


後輩に見つかるのは嫌だったが、ライバルである勇太に見付かるのはもっと嫌だった。




「ほらっ」


へたり込んでいる麻央に勇太が手を差し出した。


「な、何よ……」


勇太の素直な行動に麻央は困惑した。


「こんな状態のお前を見過ごすわけにはいかないだだろう。こんな時は素直に手を取れ」


「ふんっ」


不満を表情に表しながら、麻央は勇太の手を取った。






((あれ……???))




((この感触、どこかで経験したことあるような……))


お互いに手を取った瞬間、不思議な感覚が二人を襲った。


この、手を握り締めたときの感触、昔どこかで経験したことがあるような……。






「な、何よ! 人の手を握ったままボーッと突っ立て」


「あ、あぁ、すまん……」


手を握った瞬間、二人ともデジャヴを感じてしまい固まってしまった。


((今のデジャヴ、何だったんだろう……))




勇太は手を握った麻央をゆっくり優しく引き上げた。


麻央は一人でしっかり立とうとしたが、フラフラと崩れ落ちるように勇太へもたれかかってしまう。


「ボロボロじゃないか」


高熱の状態を押し切って部活をしてしまい、今の麻央はまともに立つことも出来ない状態だった。


「大丈夫よ。一晩寝たら治る」


「そうかい」


まともに立つことも出来ない麻央を勇太はおんぶした。


「ちょっと……」


麻央が拒否をするが、力が入らないのでまともに抵抗できない。




勇太は麻央の事は無視して、そのまま歩き始めた。


「あのさぁ、麻央。俺はお前の彼氏なんだからさ、こんな時くらいは素直に甘えろ」


いつでもライバル関係であり続けようとする麻央に対して、勇太は呆れ気味につぶやいた


「うん……。ありがと」


麻央が蚊の鳴くような小さな声で感謝の言葉を伝えた。




何も話さないまま、家の近くまで歩いた。


「今度、ケーキでも奢るよ」


ずっと黙っていた麻央が話しかけてくる。


「ん? いいよ、これくらいのこと。気にするな」


「気にするよ! 借りは必ず返したいのっ!」


「はいはい、分かりましたよ」




こんな時でも強情さを貫き通す麻央も、何だか愛おしく感じてしまう勇太だった。


おんぶされている麻央は、無言のまま勇太をギュッと抱きしめた。











ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




(不覚……)




魔王は崖下で倒れていた。


魔族の仲間たちと一晩中酒を酌み交わし、泥酔した挙句、帰り道で足元を滑らせて転落。


魔王の転落をきっかけに斜面全体が崩れ落ち、大量の岩石が転落した彼の上へ転がり込んできた。


いかに魔王と言えども、これだけの岩にのし掛かられては身動きが取れなかった。




「さて、どうしたものか……」


酔っ払って思考回路が停止しかかっている脳みそで必死に考えた。


もうすぐ夜が明ける。


そうすれば魔族たちが自分のことを見付けるだろう。


だが、俺は魔王だ。


こんな見苦しい姿を配下の者に晒すわけにはいかない。


だが、この状況を自分一人で打破することも出来そうにない。




「どうした魔王?」


魔王が悩んでいるところに聞き覚えのある声がした。


「ふんっ、勇者か。何しにきた」


魔族たちに見つかるわけにはいかないと思っていたが、勇者に見つかることはもっと避けたかったことだ。




「ほらっ」


勇者が倒れている魔王に手を差し出した。


「何の真似だ?」


魔王が小さく拒む。


「こんな状態のお前を倒す趣味はないよ。こんな時は素直に手を取れ」


「ふんっ」


不満を表情に表しながら、魔王は勇者の手を取った。


魔王の上に乗っていた岩石がガラガラと崩れ落ち魔王は立ち上がる。


「ボロボロじゃないか」


魔王の体はあちこち骨折していて、まともに立つことも出来ない状態だった。


「オレは魔王だ。一晩寝たら治る」


「そうかい」


勇者は無言のまま魔王を背負った。


「おいっ!」


「気にするな。誰も見ていない」


魔王を背負ったまま勇者は身軽に崖を駆け上がり、魔王城へ向けて歩きだした。




「今度、酒でも用意する」


ずっと黙っていた魔王が話しかけてくる。


「ん? 良いよ、これくらいのこと。それに今は戦争中だぞ? 俺たちは敵同士なんだぞ?」


「構わん。敵に借りをつくったままだと目覚めが悪い」


「はいはい、分かりましたよ」




勇者はボロボロの体の魔王を労わるようにゆっくりと魔王城へ歩を進めた。










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